03 それぞれの夜(天竜王テュポーン)
カズオミとアサヒの会話を、こっそり岩陰で聞いていたハヤテは唸った。
「誓約ね……」
そういえば聞いたことがある。
竜王に捧げた聖なる誓いは必ず叶うのだと。
「んな簡単にパワーアップできるなら苦労しねえよ」
力が欲しいのはハヤテだって同じだ。
彼は腕組みして岩にもたれた。
何も出来ずに蹂躙されるしかなかった過去の自分が訴える。憎いのだと、苦しいのだと。この苦しみを乗り越えなければ前へ進めない。だから敵を倒す力が欲しい。
だが彼の竜王であるアサヒは憎しみにはほど遠い。
ハヤテと違ってアサヒは敵を憎んでいないのだから。
炎竜王の怒りと悲しみは大切な人々を救えなかった自分自身に向けられている。そこがハヤテとは違うところだ。
「俺はアウリガの奴らを皆殺しにしてやりたいんだ……!」
アサヒに忠誠を誓うのなら、この復讐心は捨てなければならないだろう。で、あるなら答えは決まっているように思えた。
キャンプ場所に一人残されたユエリは膝を抱えた。
最初にアサヒが幼竜を連れて出ていき、次に追ってカズオミが出て行った。最後にハヤテが「なんで俺がアウリガの女と一緒に待たなきゃいけないんだ」と吐き捨てて去った。
ユエリは一人だ。
私はどうしてここにいるのだろう。
命を助けてくれたアサヒが望むなら同行しようと思った、それだけだ。私は彼らと違ってピクシスのために動く理由がない。
「私はどこへ行けば良いの……?」
『……おかしなことを。人の子が帰る場所は生まれた島に他ならないであろう……』
独り言にくぐもった女性の声で返答があった。
ユエリはぎょっとする。
辺りを見回すが人影どころか、見える場所に竜もいない。
「誰?!」
『我が名はテュポーン。人は我を天竜王と呼ぶ』
天竜王テュポーン。神代竜として有名な一体だ。
伝説によれば、かの竜王は透明であり誰もその姿を見たことはないという。
『我は竜の島を守護するもの。汝らの上陸を遠くから見ていた』
「勝手に島に上陸したのはアサヒよ、竜王。文句があるならアサヒに言ってちょうだい」
『炎竜王か。あれが勝手なのは今に始まったことではない』
テュポーンは竜の島に立ち入ったことを怒ってる訳ではなさそうだ。
『それよりも風竜王と一緒ではないのか? 風の島の巫女よ』
「私は……」
巫女と呼ばれてユエリは困惑した。
つい先日、その素質があると言われたばかりだ。
『そろそろ酒をもって訪ねよ、と伝えるがいい。炎竜王は気がきかぬ。我に手土産ひとつ持ってこんとは』
天竜王はそこだけ不満そうに注文を付けた。
要は酒が飲みたいらしい。
『よいか、風の島の娘。汝は風の島に帰るのだ。そして、風竜王に我が言葉を伝えよ。忘れるでないぞ……』
「ちょっと、私は何も約束してないわよ!」
『……』
ユエリの返事は聞かず、テュポーンは言いたいことだけ言って沈黙した。
しばらく待ってみたが、もう何の言葉も聞こえない。ユエリは諦めて上着を引き寄せると、冷たい地面の上で眠りに落ちた。
翌朝、お腹や足にくっついた幼竜をひっぺがしながら、アサヒは仲間達の元に戻った。
カズオミ、ハヤテ、ユエリの顔を見回すが、なぜか皆、表情が暗い。
「あれ……? なんでそんな落ち込んだ顔してるの、お前ら」
アサヒはきょとんとする。
昨夜の会話でカズオミが悩んでいることは知っているが、ハヤテとユエリは何かあったのだろうか。
「むしろアサヒはなんで明るいの……?」
カズオミに聞き返されて、アサヒは頭をかいた。
焦る気持ちや後悔する気持ち、不安がないと言えば嘘になる。しかし、アサヒは過去の竜王の記憶から光竜王の性格を知っている。彼は逆らう者を皆殺しにするような暴君ではない。ピクシスの関係のない一般庶民が殺される可能性は低いだろう。
危険があるとすれば、姉と慕う巫女姫のミツキや竜王のバックアップとしてあの場に残ったヒズミ・コノエなど、アサヒと特別に親しい者たちだけだ。
もちろん、光竜王の支配のもとピクシスが繁栄するとは思えない。彼は最終的に自分の島以外を滅ぼすだろう。
だが今は光竜王に島を任せておくしかない。
自分でも驚くくらいアサヒは冷静に状況が判断できていた。
竜王の記憶を受け入れて新しい自分に慣れてきたせいだろうか。
アサヒは腕組みした。
「昨夜は思う存分、竜を撫でられたからかなー。あいつらの鱗、すべすべしてて癖になるんだよなー」
「……」
あえて笑いをとってみたが、かえってきたのは微妙な沈黙だった。
肩の上でヤモリが足踏みして『ええい、撫でるなら我の鱗だけを撫でよ!』と文句を言っているのがアサヒには聞こえている。
「よし、休めたなら出発するか」
仕方ないので出発をうながす。竜の島にいつまでもいられない。
予定通りリーブラに向かうことにする。
昨夜はハヤテの竜に同乗させてもらったアサヒだが、今日はヤモリの変身した竜に乗った。ただし、4枚の翼と黄金の角を持つ漆黒の竜の姿は目立つので、ヤモリには地味な方の枯れ葉色の竜の姿になってもらう。
ユエリはアサヒと同乗して、カズオミは自分の竜は使わずにハヤテの竜に乗った。敵に襲われた時に、カズオミの竜では逃げるのも戦うのも心もとないからだ。
竜の島から本来2日かかる距離をアサヒ達は徹夜で飛んだ。
1日ちょっとでリーブラの近くまで到達する。
正六面体のキューブのような異様な姿をした「島」が見えてきた。
竜王の魔術によって空に浮かべられた島はそれぞれ、自然ではありえない不思議な姿をしている。
土の島リーブラはもっとも人工物の気配が強い島だ。
空に浮かぶ巨大なサイコロ型の島に向かって、アサヒ達は近付いていった。