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18 後悔はしたくない

「光竜王陛下!?」

「下がっておれ」


 血に染まった肩を抑えて、光竜王ウェスペは黒髪の従者を押しとどめる。

 アサヒは油断なく剣を構えた。

 まだ戦いは終わっていない。


「見事だ、我が同胞よ」

「ピクシスを出ていけ!」

「残念ながら、まだ用が終わっていないのでな」


 ウェスペは唇を吊り上げて笑う。

 その笑みにアサヒは嫌な予感がして眉をひそめた。

 その時、火口に複数人の兵士とフードを被った女性が上がってくる。コローナの兵士らしい武装した男たちの中心で、巫女の服装をしたその女性はかぶっていた白い布を脱いだ。

 銀の髪がさらりとこぼれる。


「……ミツキ?!」


 動揺したアサヒの肩を、光線がかすめた。

 血がほとばしる。


「くっ」

「お返しだ、アサヒ。さて、ここに正統なるピクシスの巫女姫がいる。今の女王は偽物だ。愚かな民がこれを知ったら、どう思うかな?」


 本当に、あのミツキなのか。

 記憶にある滝のような銀色の髪、静かな水色の瞳がアサヒを見つめている。別れた時より成長したとはいえ、その美しさは変わらない。無表情な視線は凍えるような冷たさだ。アサヒを認識しているかどうかすら、定かではない。


「安心しろ、炎竜王。ピクシスをあるべき姿に戻してやろう。正統なる女王のもと、新たな政治が始まるのだ。君はただ見ているだけでいい。永遠のやすらかな眠りの中でな」


 コローナはピクシスを乗っ取るつもりなのだ。

 正統な巫女姫であるミツキを傀儡として。

 ミツキに意思と誇りが残っているなら、そんなことは到底ゆるすまい。何か術が掛けられているのだろうか。そうだとしても、今この場で解くことはアサヒにも難しい。


「君は昔から優しい男だったな。理解しがたい優しさだが、同じ竜王として火の島を維持してきたことは高く評価している。せっかくの土地や人材をむざむざ消費はすまいよ。約束しよう」

「……」

「大人しく投降するなら、君の民を殺したりしない。さあ、大封柱グランドシールを受け入れるのだ」


 光竜王ウェスペは高らかに勝利宣言をする。

 アサヒは迷った。

 光竜王は嘘つきだと知っている。彼は一時的には約束を守るかもしれないが、かつてのように途中から好き勝手しはじめるだろう。しかし、ここで激しく抵抗すれば、ミツキやヒズミを巻き込む。

 無理をしてでも、抵抗すべきかもしれない。多くの者を犠牲にしてでも、己の信念を優先するのであれば。だが、自分だけが犠牲になるならともかく、さすがにピクシスの人々の命を天秤に乗せる訳にはいかなかった。

 今はアサヒがピクシスの代表、炎竜王だ。アサヒが抵抗すれば、他の人々も抵抗を続ける。それはより多くの死を呼ぶ結果になるかもしれない。


「……ピクシスの民を殺さないと、約束するのなら」

「アサヒ!!」


 後ろでヒズミがあせったように叫ぶ。

 頭上でヤモリが足踏みしたり髪の毛を食べたりしているが、アサヒは無視した。

 剣を鞘にしまう。


「はははははっ! そう来なくては!」


 光竜王ウェスペは哄笑する。

 アサヒの周囲に光の粉がきらめくと、うっすらと透明な光の柱を形成しはじめた。

 光の粉を浴びると身体がしびれるな感覚が走るが、アサヒは抵抗せずにそれを受け入れる。意識がぼやけ始めて、頭を振った。ヤモリが頭上から落ちる。



『我が盟友よ! この結末で本当に満足か?!』



 光の粉を浴びてもヤモリは元気そうだ。

 大封柱グランドシールは人間の魔術師のみを封じ込める。なぜなら、光竜王の魔術は神代竜の力をうばうものだから。正統な契約者とつながりを分断された神代竜と、光竜王は仮の契約を結んでその力を行使できるようにする。


 仕方ないだろう、他に良い解決方法が見つからないんだから。

 アサヒは心の中でヤモリに向かって愚痴った。

 竜王として覚醒したとしても、アサヒ自身は天才でもなんでもない。覚醒してから光竜王に対抗できるように態勢を整えようとしたが、今一歩足りなかったということだ。

 しかし、アサヒがいなくてもピクシスは何とかなる。ヒズミや、ハルトや、頼もしい人々がいるのだから。彼らなら大丈夫。

 これで俺は終わり……。


「……諦めるな、炎竜王! あなたは大勢の人々に求められている!」


 知らない男の声がした。

 雷のような音と爆発が起きて、光の柱が途中ではじけとぶ。

 アサヒは膝をついた。

 いったい何が起こっている?


「ハヤテ、今のうちにアサヒを連れていけっ!」

「おうよ!」


 ヒズミの指示の声。

 魔術を掛けられた影響で身体がしびれているアサヒを、いつの間にか現れた青い髪の青年が抱え上げる。


「失礼しますね、炎竜王陛下。じゃあ、脱出といきますか。行くぜ、フィシー!」


 ハヤテ・クジョウの背後に彼の竜が透明化を解いて姿を現した。

 魚のようなヒレを持つ青い竜だ。

 ハヤテはアサヒを抱えてヤモリを拾うと、竜に飛び乗った。

 風竜フィシーは空中を泳ぐように動き高速で火口から遠ざかる。


「は、ハヤテ?!」

「状況はピクシスに不利だ。いったん島の外に出て、態勢を立て直すぜ。ほかの竜王の助けを借りると言ったのはお前なんだろ、アサヒ」


 何とか麻痺から脱しつつあるアサヒは、風竜の背中でハヤテと会話する。

 ハヤテは顔は笑っていても瞳は真剣だ。


「それともやられっぱなしで引き下がるつもりじゃ、ないだろうな?」

「……いや」


 アサヒは遠ざかりつつあるピクシスを見下ろした。

 途中で逃げたアサヒを理由にして光竜王がピクシスの人々を殺さないか気になるが、もう遅い。こうなれば取るべき道はひとつだけだ。


「絶対に取り戻す!!」


 ミツキも、故郷である火の島ピクシスも。

 



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