13 備えあれば憂いなし
霧竜王ラードーンが火の島ピクシスに直進してきているという。
アサヒは竜王の記憶でラードーンについて知っていた。
ラードーンは年がら年中寝ていて、器用に寝ながら空を飛んで移動する超巨大な迷惑竜だ。知らない人が見れば霧を撒き散らす入道雲で、自然災害そのもの。
対抗できるのは同じ竜王だけだ。
アサヒは島から少し離れたところでラードーンを迎えうつことにした。
戦いの日の朝、いつも通り制服に着替えているアサヒに、カズオミが頬を引きつらせる。
「って、のんきに学院の授業に出てていいの?」
「そんなに大騒ぎすることか?」
午後から出撃するから、午前は授業に出ようかとアサヒは考えていた。過去の竜王の記憶から、それでも充分間に合うと踏んでいる。
だが、心配性の同級生にとっては平常運転のアサヒが信じられないらしい。
「ラードーンだよ、ラードーン! 伝説の霧竜王!」
「大げさだな。あんなの、いっつも寝ぼけてる爺さん竜じゃないか。あ、カズオミも見物に来るか?」
「見物ってアサヒ……」
カズオミは呆れたような感心しているような顔をする。
ちなみにヒズミ・コノエは例によって「好きにするがいい」と投げていた。あの男は自分に関係ないと判断したことは、とことん興味が無くなるらしい。
三等級の教室に登校して授業を受ける。
授業が一区切りして休憩時間になると、ガラリと扉が開いて明るい赤毛の若者が顔をのぞかせた。
「アサヒ、貴様なぜ授業を受けているっ?!」
「学生だから」
「ちがうだろ!? 貴様はり……」
渦巻き眉毛のハルト・レイゼンは、教室中の生徒から注目を浴びていると気付いて途中で口ごもった。
「おはよう、くるりん眉毛。今日も良いくるりん具合だな」
「妙な名前で呼ぶな!」
「まあまあ。ここじゃなんだから、別の場所で話そうか」
興奮しているハルトをなだめながら、移動する。
ヒズミの執務室が空いていることに気付いて勝手に使わせてもらうことにした。何となく怒られない気がする。
近くに生徒がいないことを確認して扉を閉じた。
「で? お前も霧竜王ラードーンのことを聞いてきたのか。耳が早いな」
「……竜騎士の叔父上から聞いたのだ。今回は炎竜王が出られると」
ハルトはぶっすりとした顔で言う。
「勝算はあるのか、相手は霧竜王だぞ」
「あるよ。と言うか、お前ら炎竜王の力を知らないんだよな。仕方ないか、俺は三等級のガキだし」
ふふっ、とアサヒは笑った。今までの戦いで炎竜王の力を使ったのは、アウリガの襲撃の時だけ。炎竜王がどれだけの力を持つのか、今のピクシスの人々は知らない。
「俺にとっては、ラードーンよりも普通の人間の方が怖いよ。思い切りぶっ叩いて終わりって訳にはいかないもんな。だから今回、脅威なのは霧竜王じゃない」
「何だと?」
ハルトが怪訝な顔をする。
薄く笑うとアサヒは机に寄りかかって説明を始めた。
「俺たちはまだ、天覇同盟と戦争中なんだぜ。霧竜王にかかりきりになっている間に、アウリガやコローナに攻められたら?」
「!!」
「しかもラードーンは、進路を推測すると光の島コローナの側を通って、ピクシスに来ている。向こうも霧竜王のことは知っていると考えて良い。これは敵さんにとっては絶好のチャンスだ」
敵はラードーンと同時に攻めて来る可能性がある。しかし逆に、何事もなく終わる可能性もある。情報が少ないので何とも言えないが、備えはあるにこしたことはない。
「ハルト、頼みがある」
「なんだ」
「もし、俺がいない間に敵が攻めてきたら……いさぎよく降伏しちゃってくれないかな」
「は?」
ハルトは一瞬、理解できない顔になった。
「降伏だと?! 誇り高きピクシスの竜騎士が?! 冗談じゃない!」
「うーん。そう言うよな、お前は」
アサヒは苦笑した。
今までずっとアサヒは守られる側だった。ミツキがさらわれる時だって、何もできずに見ているだけで。それがどんなに悔しいことか、よく知っている。
けれど今は竜王として民を守る立場だ。
ピクシスの炎竜王は、竜王の血縁関係の者に転生を続ける。そして、今のアサヒがこうして存在しているのは、竜王の存在を願う多くの人々がいたからだと気付いた。
幼い自分を守ってくれていたミツキや、館の人々。今も竜王を補助しようと働いているヒズミや竜騎士たち。彼らが願い続けてくれたからこそ、アサヒは今ここにいられるのだ。
「ピクシスの人が生きている限り、炎竜王は何度だって甦る」
消えない炎の加護をお前達に与えよう。
諦めないかぎり、命が受け継がれていくかぎり、炎は消えない。
「ま、要は無茶せずに俺を信じて待ってほしいってことだけど」
「お前を信じるだと……?!」
ハルトは渦巻いた眉毛を寄せて嫌そうな顔になった。
「信じられるかっ!!」
「そうですか……」
頬を掻きながら、アサヒは仕方ないかな、と思った。
だってあんまり活躍してないし。
「竜王なぞあてになるか! ピクシスの者は竜王なしでも生きていける! それはここ百数十年で明らかだ!」
「ハルト?」
「我がレイゼン家は、竜王不在の間に他家を下して上にあがった。炎竜王などいなくても構わん!」
カズオミが聞いたら考え方の違いに仰天するだろう。
不幸はすべて竜王が解決してくれると思っている多くの民とは違い、ハルトのレイゼン家は竜王を崇めず、したたかに立ち回っているようだ。その傲慢な考え方ゆえにハルトの父親は竜王相手に交渉をしてきた訳だが、今は彼らの傲慢さが心強い。
「そうか。じゃあ後は頼んだ、ハルト」
任せた、と声を掛けるとハルトは一瞬目を見開いた後、アサヒに向かって向き直り、拳を軽く胸の前で握った。
「お前こそ、気を付けて行け、アサヒ。ピクシスに消えぬ炎の加護があらんことを!」