09 決意の証
夕暮れ近くなり、アサヒ達は後から来た竜の巫女達に仕事を引き継いで、一旦アケボノに帰ることにした。アケボノの街の竜の飛行場に降り立つと、深紅の髪の男が大股で歩み寄ってくる。
ヒズミ・コノエに見つかったアサヒは「あちゃー」と顔をしかめた。
うるさく言われる前に退散しようと考えていたのに。
「スミレ様、ご苦労様でした……アサヒ、その竜の子供はなんだ?」
「これ?」
親が見つからなかったため、例の白い竜の子供は抱えて連れて帰ってきてしまった。
アサヒはユエリの腕から竜の子供をつまみ上げると、試しにヒズミの目の前に差し出す。
「シャーッ!」
竜の子供は牙を向いてヒズミを威嚇した。
やっぱり男の竜騎士は駄目らしい。
威嚇されたヒズミは眉間にしわを寄せた。
「元の場所に返してこい」
「そんな捨て猫拾った子供の親みたいなこと言わなくても」
しかし元の場所は遠い島の南端だ。
さすがにその辺に捨てろとは言わないヒズミと共に、アサヒ達は場所を移動した。
移動先は新しい寮だ。
「レイゼンの私兵は追い払っておいた」
ヒズミ・コノエは涼しい顔で何でもないように言った。
「おう、さすがヒズミ様」
「お前に様付けで呼ばれると寒気がするな」
じゃあやっぱり様を付けなくて良いんじゃないか、とアサヒは安心した。たぶんそういう意味で言った訳ではないだろうが、物事は都合よく受け取った者勝ちである。
新しい寮は、立ち入り調査をした兵士によって踏み荒らされているかと思いきや、建物の内部は綺麗に片付いている。なぜか、掃除が行き届いていなかった箇所も綺麗になっていたり、後回しにしていた家具も配置されていた。
「人手を入れて、ついでに片付けた」
「どうも」
「水道は明日、開通するように手配済みだ」
「ますますどうも……」
仕事のできる男って感じだ。
アサヒは遠い目をした。
予想外に準備が整っていたので、ヒズミ以外の、アサヒとユエリとスミレはこのまま新しい寮に泊まることにした。
隣の家に水をもらいに行ったユエリとスミレを待つ間、アサヒとヒズミは居間の椅子に座って軽く打ち合わせをすることにした。
レイゼンの別邸に連行された時の話と、夜にアウリガの間者と交戦したことを伝えると、ヒズミは険しい表情になった。
「ロード・レイゼンには、返事は後日だと答えたのだな?」
「ああ」
「それなら、そのまま無視しておけ。返事をする必要もない。竜王にそんな交渉を持ちかけるなど、本来は無礼だと切り捨てて良いくらいだ」
やっぱりそうなのか。
あの時、ちょっと失礼だから怒っていいかなとは思ったけれど。
アサヒの対応は間違ってはいなかったらしい。
「アウリガの間者だが、それはこちらで対処する。お前は追いかけたりはするな」
「ユエリには俺から話したい」
「彼女はお前のものだ。好きにすれば良い」
ヒズミ・コノエは、基本的にアサヒの意思を尊重してくれるつもりらしい。会話していてアサヒは時々妙な気持ちになる。
過去の竜王の記憶から、アサヒは竜王が生まれる家がコノエ家だと推測している。竜王は同じ血統の子供に生まれ変わり続ける定めだからだ。
目の前の男は自分の血縁かもしれない、と言うか、そうだろう。ヒズミは幼い頃のアサヒを知っている風だし、竜王に関して深い知識を持っている。
口に出して聞いてみたい。「あんたは一体、俺の何なんだ」と。
しかし、何となく聞きそびれて今に至っている。
打ち合わせを終えたヒズミは立ち上がる。
アサヒは膝の上に白い竜の子供が丸くなっていて、反応が遅れた。
「あ、色々ありがとう」
礼を言うと、ヒズミは変な顔をして特に何も言わずに帰ってしまった。
新しい寮で、ユエリは二階の角部屋を割り当てられた。
気前の良いことに個室だ。
ユエリは久しぶりに人目を気にせずに部屋でくつろいだ。姿見の前に座って、鏡の中の自分を見る。
思いきってハサミを手に取り、長かった蜂蜜色の髪をばっさり切り落とした。
ユエリの容姿やアウリガとの関係は、一部の者には知れ渡っている。
牢屋から出てスミレの家に世話になっている間は、なるべく外を出歩かないようにしていた。しかし、これからはそうはいかないだろう。
腹をくくってユエリは髪を切り落とした。
すっきりショートカットになった自分が鏡の中にいる。
仕上がりを確認していると扉をノックする音が聞こえた。
「どうぞ」
「ユエリ?! その髪……」
扉を開いたアサヒが絶句した。
ユエリはくすりと笑ってみせる。
「似合わないかしら」
「いや、そんなことないけど。突然どうしたんだ?」
「これからはユエリとして生きていこうと思って」
短くなった髪は決意の証。
アウリガや兄のことは正直まだふっきれない想いもある。だが、アサヒの側でピクシスで生きていくなら、割り切りが必要だった。
「ところで、何の用?」
「あー、えーと、夜這い?」
「……そう。鉄拳制裁が必要なようね」
「冗談だって」
笑えない冗談だ。
ユエリは悪ふざけをするアサヒに目を細めた。
「本当は何の用なのよ」
「ちょっと話がしたくて。あとこいつの引き渡し」
アサヒは小脇に抱えた白い竜の子供を指した。
「キューン」
「こいつ、寝ようとしたら俺の腹の上に乗ってくるんだよ。何を対抗してかヤモリも竜の上に乗っかって二段になる。重い。引き取ってくれ」
「仕方ないわね」
可愛らしい竜の子供に、ユエリは頬をゆるめた。
アサヒを部屋に入れて白い竜の子供を受けとる。
最小限の家具しか置いていない部屋で、椅子をアサヒにゆずると、自分は寝台の上に腰かけて竜の子供を抱え込んだ。この子がいればアサヒも変な気を起こさないだろう。