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06 お茶とケーキ

 有無を言わさず連行されてきたアサヒ達は……意外に丁重に接待されていた。


「どうぞ、お茶とお菓子です」


 立派な客室に通されて、高価そうな陶器のティーポッドや皿が運ばれてくる。桜色の液体が白磁の器に注がれた。

 ユエリが目を見張る。


「もしかして、コローナからの輸入物ですか」

「お目が高い……そうです。こちらは戦前に輸入された貴重な茶葉と器のティーセットになります」


 侍女らしい女性がユエリに説明した。

 ほんのり花の香りがする茶を口に運びながら、アサヒは疑問に思う。なぜここでコローナの輸入物が出てくるのだろう。落ち着いて部屋を見回すと、机や椅子はどれも高級で外国の雰囲気があった。

 目の前には林檎のパイがある。

 アサヒはひと切れ食べて相好を崩した。


「うまい」

「それはようございました」


 侍女がアサヒの感想に嬉しそうにする。

 サクサクのパイ生地に甘酸っぱい果実が豪快に積まれている。添えの生クリームと一緒に食べると、果実とクリームのハーモニーが口の中に広がった。

 甘いものが苦手ではないアサヒは林檎のパイに舌鼓をうつ。


 ふと気付くと、ヤモリが手の上に降りてきて、銀のフォークの先をつついている。

 ぱくり。


「!」

「どうかしましたか?」

「な、何でもないです」


 アサヒは光速でヤモリをつまんでポケットに放り込んだ。

 手元の銀のフォークの先が欠けている。


『高級品だけあって味わい深い……』


 フォークは食い物じゃない!

 アサヒにだけ聞こえる声で満足そうに言ったヤモリは、ポケットの中で口をもぐもぐしているらしい。アサヒは備品を壊したことが悟られないことを祈る。弁償したらどのくらいの値段になるのだろうか。


「何をのんびり食ってるんだあああっ!」

「あ、くるりん眉毛。お邪魔してるぞ」


 皿の上が空になった頃合いに、ハルト・レイゼンが駆け込んでくる。

 特徴的な渦巻き眉毛の赤毛の若者だ。

 彼はアサヒを非難するように叫んだが、アサヒは気にせずに片手だけあげて挨拶する。

 わなわな震えている彼の脇から、赤毛の初老の男性が進み出る。


「ハルト、下がりなさい。お初にお目にかかります。私はロード・レイゼン。ハルトの父親でレイゼンの当主です」


 大物感漂うレイゼン家当主の登場に、室内に緊張が走った。

 アサヒも姿勢を正す。


「……ご丁寧にどうも」

「アサヒ様、息子から聞いたのですが、アサヒ様は同盟国の竜王に会いに旅に出たいのだとか……本当ですか?」

「その通りですが、何か」


 渦巻きの眉毛を潜めて苦しそうな顔をしているハルトを見ながら、アサヒは慎重に答える。何となく事の次第が見えてきた。


「島を出るのは危険です。どうか考え直しては下さいませんか」


 穏やかに再考をうながされて、アサヒは苦笑した。

 レイゼン家当主を無視してユエリに話しかける。


「ユエリ、ちょっと教えて欲しいんだけど。今、ピクシスで他国との商品取引で一番もうけているのって、どこなんだ?」

「それは……」


 ユエリが視線を泳がせる。

 それでアサヒには答えが分かった。


「なるほど。俺が新しいことをやりだしたら、今まで市場を支配してきたレイゼン家は困る、か」


 ハルトの父親は顔をしかめる。

 どうやら図星を突いたようだ。


「アサヒ様。もし島に留まってレイゼン家と親しくしてくださるなら、その娘、ユエリというアウリガの娘をレイゼンで保護いたしましょう。望むなら彼女をめかけに据えることも可能ですぞ」


 甘いケーキを出すように、レイゼン家の当主はアサヒの望む物を用意すると言ってくる。

 アサヒは笑った。

 部屋の空気が変わる。


「ロード・レイゼン。なかなか面白い申し出だ。お前の提案について考えてみよう。他の者の提案も聞くから、返事は後でいいかな?」

「なんだと……!?」


 レイゼン家の当主は抗議しようとして、アサヒの紅玉の瞳を見て口をつぐむ。アサヒからは歴代の竜王の記憶からくる威厳が放射されていた。反論を許さない王者の威厳だ。


「……では、返事は後日に」


 しぶしぶ引き下がるレイゼン家の当主に、アサヒはにっこり笑いかける。竜王の威厳は3分の1くらい残しつつ。


「あ、林檎パイ、もうひと切れもらえないかな。これすごく美味しい」


 アサヒは結局お茶もお代わりして、ティータイムを存分に楽しんだ後、レイゼン家の別低を出た。

 通りを歩きながら満足そうにお腹を撫でる。


「あー、食った食った」


 どたばたして結局、夜になっている。

 新しい寮の建物は兵士が立ち入り調査をしているため、今は入れない。数週間かけて掃除をしたり家具を整えて、やっと住めるようになったばかりなのに残念だ。

 ひとまず近くにあるスミレの家にユエリも送っていくことにした。アサヒ自身は学院内の寮に戻ろうと思っている。

 

「アサヒ……」

「おやすみ、ユエリ。また明日」


 何か物言いたげなユエリを送り届けると、アサヒは夜の街を歩き始めた。細い路地に入り、大通りを外れると一気に人気が少なくなる。


『客のようだぞ』


 相棒の警告。

 アサヒは予感を信じるまま、地を蹴って横っ飛びにその場から離れる。退いた後の地面に黒い刃が突き刺さった。


「誰だ?!」


 返答はない。

 満月の光が街を照らしている。

 次々と飛んでくる黒い刃物を避けながら、アサヒは走り出した。




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