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05 ユエリの気持ち

「スミレさん。それは塩ではなく砂糖です」

「まあ、私ったら。うふふ」


 新しい寮の厨房で、ユエリと巫女のスミレは、調理器具や調味料を整理していた。一見、女性二人で和気あいあいとしているように見えるが、渦中にいるユエリは複雑な気持ちである。

 それというのも、清楚で家事ができるように見えるスミレが、ユエリの知っている一般常識から斜め45度くらいずれているからだ。


「あ、トカゲ……」

「何を捕まえてるんですか」


 床を走った小動物を捕まえて嬉しそうにするスミレに、ユエリは眉を寄せて尋ねる。なんだか嫌な予感がする。


「お鍋に入れてはどうかしら。良い出汁がとれるかも……」

「止めてください! そもそもトカゲは竜の眷属だから、神聖な生き物ですよ? あなたそれでも巫女なの?!」

「巫女の修行でご飯に困ったら焼いて食べてましたよ。香ばしくて美味しいのよ」

「……」


 駄目だ。ユエリは額に手をあてた。

 スミレに料理を任せるとろくなことにならない。仕方なく、ユエリは積極的に料理をするはめになっていた。


「そういえば、アサヒ様も美味しそうなトカゲを肩に乗せていましたね」


 ユエリはぎょっとした。

 

「ほ、本気で言ってますか?」

「冗談ですよ。いくら私でも竜王様から出汁をとろうなんて考えません。ふふふ……」


 スミレは可愛らしく片手を口の前にあてて笑っている。

 冗談か疑わしい。隙があったらヤモリを鍋に放り込みそうな顔だ。こんな女が竜の巫女で大丈夫かと、思わずユエリはピクシスの未来を案じてしまった。


「ちょっと休憩してきます」

「いってらっしゃい」


 スミレに断って厨房を出る。

 広い洋館を歩きながら、ユエリは不思議に思った。


 どうして私はここにいるのだろう。

 故郷であるアウリガを裏切るつもりなんてないのに、気が付けばアサヒに協力してしまっている。自分が作った弁当を受けとる時の、アサヒの嬉しそうな顔を思いだして、ユエリは胸を押さえた。

 何度も命を助けられた。

 本当は放っておいてと言いたい。

 でもそう言えばアサヒはきっと悲しそうな顔をする。彼は優しいから、最終的には自分の決断を受け入れるかもしれない。ユエリがいなくなれば彼は悲しむだろう。

 ユエリは彼を悲しませたくないと思っている。


 立ち止まって何気なく窓から外を見る。

 この洋館は二棟建てになっていて、向かいに小さな建物があった。そちらは物置になっているらしく、アサヒ達は先に本館を掃除して、別館はあまり手を付けていない。

 本館と同じように二階建ての別館の、二階の窓に人影が映る。


「!!」


 ユエリは息をのむと、別館へと走り出した。

 幽霊なのか何なのかこの際はっきりさせたくなったのだ。

 時刻は夕方になりかけている。

 別館の薄暗い廊下を走り、埃の積もった階段を駆けのぼった。

 人影がいた部屋の扉を開け放つ。

 窓辺にいた人物がゆっくり振り返った。


「ティーエ」

「兄様……?」


 ユエリは自分の目を疑った。

 そこにいたのは故郷に置いてきた病床の兄の姿だった。記憶にあるのと同じ青白い顔に灰色の髪の男が、ユエリの本名を呼ぶ。


「なぜここに……?!」

「それはこちらの台詞だよ、ティーエ。ここは幽霊屋敷で人が入らずに潜伏場所として都合が良かったのに、まさか買う者がいるとは思わなかった。しかもお前が来るとは」


 呆然と立ちすくむユエリに男はゆっくり近付いてくる。


「あの黒髪に赤い瞳の青年が炎竜王だそうだな……」

「!!」

「ちょうど良い。一緒に任務を果たしてアウリガに帰ろう」


 ユエリの任務、それは炎竜王の暗殺。

 殺す? アサヒを……?

 ユエリは唇を噛みしめると一歩後ずさった。


「ティーエ?」

「その名前の娘は死にました。私はユエリです」


 男は不可解そうな顔をする。

 その時、階下から足音がして誰かが階段を登ってきた。

 第三者の登場に、男は身をひるがえして、窓を開けて外に出る。


「ユエリ!」


 アサヒだ。

 彼は全速力で走ってきたのか、息をはずませながら部屋に入ってくる。

 部屋はユエリ以外は誰もいなくなっていた。

 開いた窓から夕陽が射し込んで風にカーテンが揺れている。


「ここに誰もいなかったか?」


 聞いてくるアサヒに、ユエリは慌てて首を振った。

 その表情に何を感じたのか、アサヒは少し悲しそうにする。緋色の瞳は深くかげっていて、ここで何があったのか、彼は察しているような気がした。


「ごめんな、ユエリ。無理やり引き留めてしまって。いつかお前をアウリガに帰してやるから」

「わ、私は……!」


 私はそんなことを望んでいない。

 咄嗟にそう思ってユエリは気付く。いつの間に、こんなにアサヒに惹かれてしまっていたのだろう。

 相手は敵国の竜王。

 これは抱いてはならない気持ちだ。


 見つめあう二人の足元で、館の扉が強引に開かれる音が響いた。


「誰かいないのか!」


 野太い男の怒鳴り声。

 アサヒとユエリは急いで館の玄関に向かった。

 扉の前には複数人の武装した男達が並んでいる。


「ここにアウリガの兵が潜んでいるとの情報があった! 強制捜査をさせていただく!」


 隊長らしい体格の良い男が言う。

 様子を見に出てきたスミレが抗議の声を上げた。


「無礼な! ここに誰が住まうか知っての狼藉ろうぜきか?!」

「存じませんな。ここに住むのは学院の三等級の生徒数名と聞いております。誰か貴族でもいらっしゃいましたか?」


 男は白々しく笑った。

 アサヒが竜王だということも、スミレが城務めの高位巫女だということも、おおやけには知られていないことだ。反論は難しい。


「そう、ここは学院の敷地です。誰の許しを得て立ち入ろうとしているのです?」


 スミレは悔しそうにしながら、なおも反論を続ける。


「レイゼン家の名前で学院長に許可頂いています。さあ、そこをどいて下さい」

「レイゼン……?」


 アサヒが眉を寄せて呟く。

 

「あなた方にも聞きたいことがある。こちらにおいでください」


 言葉こそ丁寧だが、男達は強引にアサヒ達を別の場所に連れていこうとした。


「アサヒ様!」

「いいよ、スミレ、ユエリ。大人しく付いていこう」


 アサヒは冷静な顔をして、ユエリに微笑みかける。「大丈夫だよ」と彼は小さく言った。

 夕闇の中、三人は兵士達によって王城近くの建物に連行された。



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