33 過去と向き合って前へ踏み出す
どうやら自分はシリアスな雰囲気をぶち壊してしまったらしい。
目覚めたばかりのアサヒは周囲の呆れた顔を見て、寝台の上で後ずさった。
気が付くとそこは古い石壁に囲まれた広い部屋だった。横たわっている寝台は上質の布が敷かれていて、部屋に置かれた家具もシックで落ち着きのある古めかしい素材で作られている。
「な、なんだよ……」
「元気そうで何よりだ」
腕組みしたヒズミが冷たい声音で言う。
寝台のそばの床では、先ほど捨てたヤモリが仰向けになってジタバタしていた。間抜けな姿だ。女性の白くて繊細な手が床の上のヤモリをすくい上げる。
「はい、竜王様」
黒髪に薄紫の瞳の清楚な雰囲気の女性が、ヤモリを手のひらに乗せてアサヒに差し出した。
ヤモリに手を伸ばしかけて、アサヒは「竜王」と呼ばれたことに気づく。
現在のアサヒをサポートするように過去の竜王の記憶が違和感なく意識に寄り添っている。それをアサヒは不思議な感覚と共に受け入れた。
セイランは「炎竜王を探せ」と言っていたけれど、まさか自分自身が炎竜王だとは思ってもみなかった。
「ありがとう」
ヤモリを受け取って服の中に放り込みながら、アサヒは女性の姿をしげしげと観察した。
白くて裾の長い儀礼的な服を着た女性だ。
彼女は竜の巫女だと、過去の竜王の記憶からアサヒは推測した。
「自分が竜王だという自覚はあるのか」
「……ああ」
様子を見ていたヒズミの問いかけにアサヒは頷く。
「アサヒ、お前はこれからどうするつもりだ?」
「決まってるだろ。ピクシスを建て直す」
そう答えると、カズオミやハルトが驚愕した表情になった。
無理もない。
今までのアサヒの言動からすると、少しばかり積極的すぎる。
「ちょ、ちょ、ちょっとアサヒ、本当に君なの? 炎竜王様が憑りついて頭がおかしくなっちゃったの?」
「失礼だぞ、カズオミ・クガ。しかし言いたいことは分かる」
カズオミがあわあわして、ハルトが渦巻き眉毛を寄せて険しい顔をする。
「どういう風の吹き回しだ?」
そう聞かれてアサヒは肩をすくめた。
「別にそんな大したことじゃないよ。だってここは俺が王様の島なんだろ? 俺の好きにしていいってことじゃないか。権力を手にいれて好き勝手するって、一度やってみたかったんだ」
そう言うと、ヒズミを含めた彼らは微妙な表情になった。
どうやらアサヒが高尚なことを言うと期待していたらしい。
残念ながらアサヒは英雄ではなく、もっと俗物で自分勝手でわがままな性格なのだ。
少し黙っていたヒズミは咳払いした。
「……お前の言う通り、ここはお前の島。お前が王だ。好きにすれば良い。具体的にどうするか、何か考えがあるなら聞こう」
「同盟国の竜王に会いに行く」
「!!」
上体を起こして寝台に腰かけたアサヒがそう提案すると、ヒズミ達は息を呑んだ。
「今のピクシスは寂れすぎて同盟国からも見放されている状態だ。俺が直接、向こうの竜王に会いに行って、協力を取り付けた方が良いだろ。もっと商業や流通も活性化させたい」
「アサヒ!」
カズオミが歓喜の声を上げる。
商人の家に生まれたカズオミは、他の島との交流が盛んになってピクシスに新しい文化や技術が入ることを渇望していた。
「それに……ミツキを取り返さないと」
6年前の惨劇でさらわれた少女の名前を出すと、無表情だったヒズミの顔に動揺が走る。
彼女の名前はアサヒの中で傷跡になっていた。
口に出すのも勇気がいる。
「今の俺じゃ、コローナの光竜王には勝てない。他の竜王の力を借りないと、彼女も取り返せない」
目覚めたばかりのアサヒだが、自分が竜王としても、竜騎士としても未熟だと痛感していた。
過去と向き合って前へ踏み出す。
そうしないと何も始まらない。
すべてはここからだ。
「……承った。我が王」
ヒズミが床に膝をついて片手を胸の前におく。
その動作に、はっとしたように後ろのカズオミやハルトが同様に礼を取った。
「その展望が叶うように我らは最大限、努力をしよう。ピクシスに消えぬ炎の加護があらんことを」
自分より偉そうにふるまっていた男が膝をつく光景を見下ろしながら、アサヒは口の端を上げた。
まだ解決していない問題がある。
「ありがとう。じゃあ、さっそく頼みたいことがあるんだけど……」
アサヒは遠慮なく要望を口にする。
聞いていたヒズミは少し眉をしかめたが、ひとつ溜息をついてしぶしぶ了承してくれた。