28 アサヒの帰る場所(2017/12/8 新規追加)
アサヒ達の前に現れたのは、一等級の竜騎士ハヤテ・クジョウだった。彼の竜は見えないが、噂によると風竜らしい。きっと姿を隠してどこかに潜んでいるのだろう。
風竜の竜騎士であるハヤテは、身軽で情報収集に長ける。
いちはやく城の騒ぎを聞き付けて追ってきたらしい。
「誤解だ……って言っても聞いてもらえそうにないな」
「そうだねえ。脱走したアウリガの女と脱走を補助した奴は、見つけ次第、殺せって言われてるからねえ」
ハヤテはニヤニヤ笑う。
事情を話しても「あ、そう。だから何?」と言いそうな雰囲気だった。彼のアウリガに対する復讐心を知らないアサヒだったが、ユエリを見つめる冷ややかな視線からは嫌な感じがする。
ハルトが一歩前に出た。
「ハヤテ・クジョウはこの俺が相手をする」
「え?」
「ひとまず逃げろ、アサヒ。後はこの俺が何とかしてやる!」
男気あふれる発言にアサヒは驚いた。
猪突猛進ないじめっこだと思っていたのだが、今のでハルトの株は急上昇だ。
「分かった。頼む、ハルト!」
アサヒはユエリを伴ってハヤテを避ける方向へ走り出した。
もちろん黙って見ているハヤテでは無い。しかし炎の槍を手に打ち込んできたハルトに、追撃を断念せざるをえなかった。
「正気か?! ハルト・レイゼン! アウリガの女を庇いだてするのか?!」
短剣を手にハルトの攻撃をさばきながら、ハヤテは声を上げる。
油断なく槍を構えながらハルトは答えた。
「アウリガなど知らん! 俺はあの三等級と再び勝負をせねばならんのだ! あやつに死なれては困る!」
「詭弁を。アウリガの間者を逃がすのにレイゼンが協力したと知られれば、レイゼン家も重罪を免れないぞ」
ハヤテの警告に、しかしハルトは鼻で笑った。
「はっ! 罪に問えるならしてみるがいい! 今のピクシスで実質のナンバーワンは我がレイゼン家だ。罪などいくらでも揉み消せる!」
まるで悪役の台詞である。
ハヤテは一瞬茫然とする。
「おいおい、そんなのありかよ……」
「ありだ!」
「ああ、くそっ! アサヒはともかく、あのアウリガの女は俺の手で始末してやるつもりだったのに!」
嘆いたハヤテは手の中の短剣をくるりと回す。
冷えた風が彼の周囲から流れだした。
「俺の邪魔をした代償は高くつくぞ」
「来い!」
ハルトの踏みこみに合わせて炎が踊る。
風と炎、二つの力が夜の街でぶつかりあった。
アサヒは街を走りながら、これからどうするか考える。
ハルトの父親の権力を頼る件はおじゃんになった。
息子当人がいないのに、レイゼン家の人達は話を聞いてくれないだろう。
他に、話を聞いてくれそうな権力者に心当たりはない。
孤児ゆえに頼れる家族や知人がいないというのは、こういう時に厄介だ。
「くそっ!」
やはりハルトが頼りだ。何とか彼がハヤテを力ずくで説得して、父親と話をしてくれるのを待つしかない。
それまではどこか人目に付かない場所に隠れてやり過ごそう。
「アサヒ……」
「なあ、ユエリは家族っている?」
アサヒは移動しながら、なんとなくユエリに聞いてみた。
彼女は少し悲しそうに目を伏せて答える。
「故郷に、兄がいるわ……」
「そっか」
アウリガからやって来た彼女にも家族はいるらしい。
不意にアサヒは彼女やハルトを羨ましく思った。
自分には家族がいない。
どこから来たのかも分からない。
たった独りで迷いながらここまで来た。
「そういえば……」
人目に付かない場所、それに家族というキーワードが、アサヒにある場所を連想させた。
炎竜王の祠から続く道の先、山あいの廃墟。
たぶん、あそこはアサヒの家族にゆかりのある場所。
「決めた」
きっと誰も来ないだろう場所だ。
アサヒは行き先を決めると、先に学院に寄ろうと考えた。
学院の近くまで帰ってきたところで、誰もいない石壁の角で一旦ユエリと別れる。
「……すぐに戻るから、ユエリはここで待っててくれ」
彼女が青ざめた顔で頷いたことを確認すると、アサヒは塀を飛び越えて学院内の寮に入る。もしもの時のために武器と、お金や軽い携帯食を持ち出しておきたい。
部屋に駆け込むと勉強していたカズオミが驚愕する。
「どうしたの、アサヒ?!」
不穏な空気に気付いたのか、カズオミが立ち上がっておろおろする。
「説明してる暇はない。俺は出かける。もし俺の居場所を聞かれたら、知らないって、自分は無関係だって主張してくれ」
カズオミを巻き込まないためにそう言うと、眼鏡の青年は真剣な顔になった。
「出かける? 僕も行くよ」
「カズオミ」
「一人で行くなよ、アサヒ。僕たち友達なんだろ」
友人の頑固な様子に、アサヒは折れた。
素早く身支度を整えると二人は寮を出る。
大人しく待っていてくれたユエリと共に、アサヒ達は王都アケボノの外にある炎竜王の祠、その奥にある廃墟へ向かった。
運命の場所、アサヒの始まりの場所へと。




