表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
35/120

25 不穏な風(2017/12/7 新規追加)

「その顔は冗談じゃないかって思ってるね。うーん、本当に自覚もないし、記憶もないのか。困ったもんだな」


 ハヤテは短剣を引くと、両手を空に上げて肩をすくめてみせた。

 道化じみた挙動だが彼は何か根拠があって言っているらしい。

 それとも限りなく悪趣味な冗談か。

 アサヒには判断が付かないし、心当たりもない。


「誰かと勘違いしてるんじゃ」

「いいや、君だよ。君がピクシスの炎竜王だ」


 ざあっと木々を揺らして風が吹く。

 炎に包まれた記憶と、最近いだいた疑問が、ふと脳裏をよぎった。

 巫女姫だったかもしれないミツキ。

 彼女は取るに足りない少年のアサヒを庇って捕まった。

 いくら親しくても、単なる使用人の子供をかばうだろうか。百歩ゆずって本当の弟のように可愛がってくれていたとして。他の大人はどうしていた?


 ……炎竜王はどこだ?

 ……いないようだが別にいい、連れていけ。


 あの場所に竜王がいると考えてアウリガの兵士は踏み込んだのだ。

 それが自分だという証拠はないが、自分ではないという証拠もない。


「……炎竜王は、ヒズミ・コノエだろ」

「本気で言ってる? 今度、本人にそれ言ってみろよ。あー、受ける、あいつががっかりする顔が目に浮かぶよ」


 現在、炎竜王だと噂になっている青年の名前を挙げると、ハヤテは腹を抱えて笑った。


「しっかし肝心の竜王がこれじゃ、ピクシスは終わったかもな。アントリアの竜騎士が撤退してしまって、守りが手薄なピクシスをアウリガの奴らが見過ごすと思えない。現に襲撃の予兆があって、現役の竜騎士の先輩がたはピリピリしてるぜ」

「アウリガの襲撃がまたあると?」

「こんな偽りの平和がいつまでも続く訳がないだろ。お前、自分が竜王じゃないなら、本当の竜王を連れてこいよ」


 そんなことができる訳がない。

 アサヒが閉口すると、ハヤテは背を向けた。


「早いとこ復活してくれよ、竜王陛下。じゃないと今度はピクシスが滅ぶ」


 俺は竜王じゃないのに。

 そう思うアサヒに捨て台詞を吐いてハヤテは去った。





 ハヤテの言うことが本当だとしても、今のアサヒにはどうすることもできない。まるで言いがかりを付けられたようで胸がむしゃくしゃする。

 荒立つ感情を反映したように、その日の夕方からピクシスの天気も荒れだした。荒れた天候は次の日も、その次の日も続いた。


「なんだか風がきついな」

時化しけみたいだね」


 曇った窓ガラスを激しい風が叩く。

 激しい風が吹くことをこの世界では「時化しけている」と表現する。逆に穏やかで風がない時は「いでいる」と人々は安心するのだ。

 室内は遠く風の音が聞こえるくらいで静かだった。学院の石造りの壁は激しい風にびくともしない。


「アサヒ、一次試験は大丈夫なの?」


 一次試験を間近に迫っている。

 カズオミが心配そうに問いかけてきた。


「たぶん平気」


 アサヒは魔術も武術もセイランにある程度教わっていたため、最初の試験は無事に通過できそうだった。

 机の上をかさこそするヤモリを眺めながら答えると、カズオミがなぜか暗い顔をする。


「そっか……」

「どうしたんだ、カズオミ?」

「うん、何となくそんな気がしてたけど。アサヒって頭良いし無詠唱で魔術使えるし武術も普通にできるし、三等級って色眼鏡で見なきゃ優秀だよね。それに比べて僕は……学問以外まったく駄目だ」


 落ち込んでいる様子のカズオミを哀れに思って、アサヒは心ばかりの提案をする。


「元気だせよ、カズオミ……なんならヤモリを貸すぜ」

「要らないよ! 何の役に立つんだよ!」

「ほら、この丸くなってる尻尾を引っ張って真っ直ぐにすると、頭が良くなるような……」

「ならないよ!」


 ヤモリのくるりと丸まった、長くて細い尻尾をびよーんと伸ばしながら言うと、カズオミは吹き出して笑った。

 ルームメイトの笑顔を見てから、アサヒは立ち上がる。


「……俺、勉強の邪魔しちゃ悪いから、ちょっと外を歩いてくる」

「気にしなくて良いのに」


 カズオミを試験勉強に集中させようというのを口実に、アサヒは部屋を出て夜のアケボノの街に繰り出した。

 何のことはない。

 単に気分転換に夜の散歩がしたかっただけだ。

 相変わらず風が強く吹いているが、歩けないほどではない。

 アサヒはぶらぶらと王城近くまで歩いた。松明たいまつに照らされた城を見上げて考えこむ。

 この間、女王陛下にあった訳だが、彼女はアサヒの出生について知っていたのだろうか。いや、何か知っていると考える方が妥当だ。理由なく孤児で三等級のアサヒに声を掛けたとは考えにくい。


「あー! なんなんだよ、畜生!」


 小石を蹴って憂さ晴らしをしていると、近くを二人連れの若い男性が通りすぎて城へ向かった。

 制服を着ていないが見覚えがある。

 学院の二等級の生徒だ。

 向こうはアサヒに気付いていない。

 彼らの会話の一部が聞こえてくる。


「……今夜は管理官が不在だから大丈夫なんだって。楽しみだぜ。アウリガの女の味見ができるなんて……」


 なんだって?

 アウリガの女って、もしかしてユエリのことか。

 不穏な気配を感じたアサヒは、彼らをこっそり尾行することにした。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ