24 ハヤテの暴露(2017/12/6 新規追加)
休日は終わり、アサヒは学院の授業を受ける日々に戻っていた。一次試験も近くなっているので、そろそろ勉強にも力を入れなければいけない。
ちょうど授業は魔術の基礎についてだった。
授業を聞きながら、アサヒはハルト相手に炎鎖の魔術を使ったとき、最後に女王に「鎖がもろい」と言われたことを思い出す。使いなれていない魔術ではあるが、確かに鎖はあっさり初手から切り飛ばされていた。
魔術はまだまだ鍛錬の余地がある。
白い髭をたくわえた初老の教師は、アサヒを含めた数人の生徒の前で魔術について解説した。
「魔術を使うだけなら、竜騎士なら誰でもできる。重要なのは魔力の量の調整と圧縮じゃ」
教師は、指先に豆粒くらいの小さな炎を灯して、その炎の明るさを最大限にしてみるように言う。
アサヒは言われた通り魔術で指先に炎を作ってみたが、一瞬で大きく燃え上がり長続きしない。出力を下げて持続時間を優先すると、今度は明るさが足りなくなった。
魔力を一点集中して小さく強い光を作り出すのは難しい。
この基礎をマスターすれば、今までより魔術の効果が強力になり、持続性が高まるという。
「先生」
「なんじゃ」
「三等級は上級の竜騎士に比べて魔力が少ないけど、それを補う方法はないんですか?」
これまでの戦いで常に魔力切れを意識して戦っていたアサヒは、本当に等級の差が絶対なのか、壁を乗り越える方法は無いのか、疑問に思っていた。
「そうじゃのう。前にお前が剣に炎を込めたように、道具に魔術を込めておく方法はあるが」
「うーん……自分の中の魔力を使うから限界があるんですよね。他から持ってこれないんですか? 例えば大気からとか……」
魔術の呪文詠唱でよく用いられる定型文を思い出して言う。
魔術とは自然に宿る力の流れと、自分自身の血脈をめぐる魔力を重ねあわせて、超常現象を起こす技だ。その基本を意識させるための詠唱が「外なる大気、内なる魔力」である。
通常は自分の中の魔力を主に消費して魔術を使うが、世界に無限にあふれる大気を使えばどうなるだろう。
「大気は人には扱えぬ力じゃ。わしらは大気から少しだけ力を分けてもらって魔術を使う。欲が過ぎると、しっぺ返しをくらうぞ。おかしなことを考えるのはよしなさい」
教師は怖い顔をして言った。
それ以上質問はできなかったが、アサヒは何となく大気について考える。
孤児育ちで身よりがなく、魔術も武術も未熟な三等級のアサヒは圧倒的に力が不足している。前のハルトとの決闘では優位に立ったが、それは偶然と相手の油断によるものだ。今の実力では二等級以上の生徒に勝つことは難しい。
何とかならないものか、と考えながら手に持ったペンをクルクル回す。
なぜか、手元に出てきたヤモリが回るペン先をぼーっと見上げていた。
器用に手先でペンを回す動作とヤモリの組み合わせは妙な空気を発散していて、思わず周囲の生徒は見入ってしまっていたが、当人のアサヒはちっとも気付いていなかった。
お昼休み、食堂は上級生でいっぱいだったので、アサヒは仕方なく食事をテイクアウトして学院の庭で昼食を取っていた。
今日はカズオミは用事があり同席していない。
「ひとりぼっちでお昼かい?」
「ハヤテさん。何の用ですか」
近付いてくる青い髪の一等級の青年に、アサヒは食事を急いで片付ける。
「君って決闘が趣味だって噂だけど」
「大いなる勘違いです」
「そうかい。遊び相手が欲しいなら、俺が実戦形式の稽古を付けてあげようと思ったんだけど」
血気盛んだと勘違いされているようだが、アサヒは別に戦いが好きな訳ではない。だが、稽古を付けてくれるというなら、好都合だ。
アサヒは草むらに転がした白水晶の剣をつかみあげた。
「よろしくお願いします」
「やっぱり趣味なんじゃないか」
物好きな自分の行動は棚に上げて、ハヤテは楽しそうに笑った。
ハヤテの武器は短剣らしい。
基本的に長い武器ほど間合いが広くなるので戦いは有利になる。強力な飛び道具は最強の武器だ。地球で戦闘の主力が銃や爆撃になる訳である。つまり、剣のアサヒに対して短剣のハヤテは不利だ。
珍しい戦いかたの先輩だなあ、と不思議に思いながらアサヒは聞く。
「魔術を使うのはアリですか」
「いいよ」
許可が出たものの、炎の弾丸を撃つ気持ちになれなかったアサヒは、そのまま距離を詰めて剣で打ちかかる。
白水晶の剣には炎を込めている。
ハヤテは剣先を舞うように回避した。
斬りかかってみたものの、当たる気がしない。
「どうしたんだい、君はこんなものか?」
「……外なる大気、内なる魔力、連続し束縛せよ。炎鎖!」
挑発されたアサヒは、身軽な相手の動きを封じるために魔術を使う事にした。
炎で編まれた鎖が、校庭の木々を縫って走る。
「じゃあこっちも。外なる大気、内なる魔力、旋風を巻き起こせ、嵐風!」
ハヤテが起こしたカマイタチが炎の鎖を粉々に引きちぎる。全体的に分断されると炎の鎖は再生不可能だ。
あっという間に術を破られて、アサヒは歯噛みした。
「何、もう終わり? つまんないなあ。これが当代の竜王陛下の実力なのか?」
「竜王陛下?」
ハヤテの言葉に、アサヒは思わず構えを解いた。
いったい何を言い出すのだろう、この男は。
冗談だと思うのだがハヤテの目は意外に真剣で、アサヒは困惑した。