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22 消えない炎(2017/12/6 新規追加)

 孤児時代に妹のように可愛がった少女ハナビは、実はまだ王都アケボノに滞在していた。アサヒと一緒に観光したいと言って。


「願いを叶えてやれよ、兄貴。ひっく」

「俺がハナビを観光に連れてってる間に酒を断ってくれ」


 酒臭い大人にアサヒは顔をしかめる。

 竜騎士トウマは王都の居酒屋に入り浸って、すっかり駄目な大人になりさがっていた。


「確かにそろそろ帰らないとやべえな……」


 トウマは赤茶けた髪をかき回して呟く。

 やっと酔いが醒めてきたらしい。

 アサヒは王都に詳しいカズオミに案内を頼んで、休日にハナビと一緒に近辺の観光地を回ることにした。


「あれ? あの時のお姉ちゃんは? 同じ学校なんでしょ」


 同行者を見て、ハナビが無邪気に首をかしげる。

 アサヒは胸が痛むのを感じた。


「あいつは……ユエリは今日はいないんだよ」

「ふーん」


 ユエリ・フウはアウリガの間者とばれて捕まった。

 その事をアサヒはうまく消化できずにいる。

 敵とは言っても、彼女は思いやり深く気立ての良い少女だ。できれば何事もなく、ピクシスから帰ってくれれば良いと願っていた。


「ハナビちゃん、僕で勘弁してよ」


 浮かない顔になったアサヒをフォローするように、カズオミがわざとらしいほど明るく言う。


「今日はとっておきの場所に連れていってあげるから! 街の外を少し歩いて登ったところに、炎竜王様を祀るほこらがあるんだよ。そこからの眺めがすごいんだ」

「わーい、行きたーい!」


 幸い何も知らないハナビは、すぐに観光に注意が向く。

 アサヒはほっとした。


「よし。行こうか」

「うん!」


 街の人混みを離れると、ハナビが手を繋いでとねだる。

 ほほえましい気分でアサヒは了承した。

 今は少女を通り越して女性へと成長しつつあるハナビだが、それでもアサヒにとっては可愛い妹以外には見えない。

 街を出て山道を登る。

 ハナビを連れているので青年二人は気をつかってペースを落とした。

 王都近くには火山の影響で温泉が多い。

 硫黄の匂いと煙が、時折、風と一緒に流れてくる。


「温泉卵を作れないかな……」

「何それ」

「温泉でゆっくり卵を煮るんだよ」


 不思議そうにするカズオミに、アサヒは前世の記憶を引っ張りだして説明する。炭酸泉があればラムネを作れるのに、とアサヒは考える。この世界の食事は素朴で悪くないが、たまに刺激が欲しくなる。

 少し登ると見晴らしが良い高台がある。

 眼下には王都アケボノを一望できた。


「わあ、街が見えるー!」

「後ろにあるのが炎竜王のほこらだよ」


 歓声を上げるハナビ。

 街の眺めから振り返ると、石を積み上げた小さな建築物があって、布などで飾り付けがされてあった。

 ほこらの奥には、かすかに燃える火の影が見える。


「ここに祀られているのは炎竜王の火。炎竜王の加護がピクシスにある証として、永遠に消えない炎だと言われてるんだ」

「消えない炎……」


 カズオミの解説にアサヒは祠を見つめる。

 なぜかこの場所を知っている気がした。

 見回すと、祠から続く細い道を見つける。

 王都アケボノとは逆方向のその道は、山あいの谷間に続いているようだった。


「アサヒ?」

「悪い。ちょっとこの道の先に行ってみたくなった。ハナビを頼めるか」

「別にいいよ。適当なところで戻ってきてね」


 山歩きに疲れたハナビは、祠の前で休んでいる。

 彼女の相手をカズオミに任せ、アサヒは谷間への道を辿る。

 見覚えのある風景に心臓が高鳴った。

 この先に行ってはいけない。

 そう感じながらアサヒはそれでも足を止められない。

 目を逸らしていた過去がこの先にある。


 道の先の谷間には、廃墟があった。

 火事にあってから放置されたらしく、柱や屋根が黒く焦げて半壊している。

 廃墟の前には白い花束が供えられていた。


 風に揺れる花を見つめていると、背後で足音が響く。


「……君も花を供えに来たのかい?」


 振り返るとそこにいたのは、青い髪の青年だった。一等級ソレルのハヤテ・クジョウだ。

 アサヒは嫌な動悸を感じながら返事をする。


「いいえ。ハヤテさんは、ここに家族が……?」

「いいや全然。代理で供えてるだけだよ。ここで死んだ家族がいるとすれば、君の方だろう」


 炎に包まれた館。

 逃げるアサヒを追う嗤い声。


「……俺のことを何か知ってるのか」

「知ってるよ。昔の君に会ったことは無いけど、親友から君のことは聞いている。薄情だなあ。せっかくアケボノに帰ってきたのに、死んだ家族に花も供えないなんて」


 ハヤテはアサヒの傍を通りすぎて、軽く屈むと、白い花束の隣に持ってきた花を添えた。

 アサヒは廃墟を見上げる。

 それでは本当にここが、孤児になる前にアサヒがいた家なのか。アケボノの街から少し離れているが、なぜこんなところで育てられていたのだろう。

 改めて廃墟の前を見て、気付く。

 花が供えられているということは、生き残った家族がいるということだ。


「家族は全員死んだと思ってた……」

「君の家族は、君の近くにいる。ま、向こうは君と話すつもりは無さそうだけどね」

「誰なんだよ」

「それは秘密」


 もったいぶる理由が何かあるのだろうか。しかも当事者はアサヒだというのに。

 もう少し話を聞きたかったが、ハヤテは「口止めされてるんだよね」と笑って、アサヒを置いて去った。

 彼がいなくなった後、アサヒは廃墟に近付いて調べたが、記憶を刺激するようなものは火事の痕跡以外残ってはいなかった。

 仕方なくアサヒは、ハナビとカズオミが待つ炎竜王の祠へ引き返した。




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