21 帰ってきた幼馴染み(2017/12/6 改稿)
教室を出たアサヒは、廊下で足を止めた。
前にユエリが言っていたじゃないか。
三等級と一等級が仲良く話していたら、変に思われると。学院内は身分差社会なのだ。
これから会いに行こうとしているヒズミ・コノエは一等級。
本来は直接、話せる相手ではない。
「君、どうしたの?」
廊下の中央で立って考えていたアサヒは通行の邪魔になっていた。
気が付くと、見慣れない青い髪の男子生徒がアサヒをのぞきこんでいた。明るい笑顔を浮かべた橙色の瞳は1つだけで、片方の瞳は前髪で見えない。
肩まで伸びた長い髪のかかった襟元で、太陽のバッジが光る。一等級の生徒だ。
「……すいません」
アサヒは壁際に退いた。そうそう上級生と喧嘩をするつもりはない。
その生徒はアサヒの視線の先を辿って、一等級の教室を見る。
「一等級の教室に何か用でもあるのかい?」
「えっと、ヒズミ……様と話すのはどうしたらいいかなと思って」
様を付けるのに抵抗を感じたアサヒは口ごもりながら答えた。
三等級ごときがヒズミ様と話すなど言語道断だ!……などと怒られることを覚悟していたアサヒだが、返ってきたのは予想外の答えだった。
「そうか、じゃあ一緒に行こう!」
「へ?」
「実は俺、今日たった今、アントリアから帰って来たばかりなんだよね。久しぶりにヒズミに会うの、超楽しみ!」
「ちょ、おいっ」
呆気にとられるアサヒの腕をつかみ、やたらハイテンションで青い髪の男子生徒は一等級の教室に向かった。
「やっほー、ひっさしぶりー皆! ヒズミどこー?」
後ろから教室を見ると、誰も彼も、青い髪の生徒のあまりのフランクさに絶句している。
沈黙の中、低い声が答えた。
「……帰国したのか、ハヤテ。相変わらず騒がしい奴だ」
教室の中から深紅の髪に黄金の瞳をした男が進み出る。
一等級のヒズミ・コノエだ。彼は面倒くさそうな冷たい表情をしていた。気が弱い者なら話しかけるのをためらう絶対零度だ。
しかし、ハヤテと呼ばれた男子生徒は気にならないらしい。
「ヒズミは相変わらず愛想ないな。あ、この子、廊下にいてた子。ヒズミに話したいことがあるって!」
「うげ」
押し出されたアサヒは慌てた。
一等級の生徒達の視線が痛い。
ヒズミがため息をつく。
「……またお前か、アサヒ。仕方ない、別の部屋で話すとしよう」
一等級の教室を出たヒズミ・コノエは「来い」と手招きして、アサヒを連れて空き部屋に移動した。
「……私に何か話があると聞いたが」
人気の無い部屋で二人は向かいあう。
誰かを様付けで呼ぶ習慣がないアサヒは、ヒズミをどう呼んだものか少し悩んだ。一応、上級生が相手なのだから最低限の敬語を付けて話すべきだろう。
「……ユエリが、アウリガの間者で捕まったと噂で聞いた。本当ですか?」
「それを聞いてどうする」
「本当かどうかを教えてください」
アサヒは自分より背も高く威圧感のあるヒズミをにらみ上げる。
わずかに黄金の瞳が揺れた気がした。
「真実だ」
冷たい声で返事がかえる。
汗のにじむ拳を握りしめてアサヒは続けて問いかけた。
「彼女は今どこに?」
「城の地下牢で尋問を受けている」
それだけ聞くことができれば充分だ。
アサヒは礼を言って話を切り上げようとした。だが、背中に低い声を受けて立ち止まる。
「アサヒ、お前はどこまで6年前のことを覚えている。アウリガに殺された家族のことは覚えているか?」
「……なんでそんなことを聞くんですか」
炎の中で逃げまどった記憶は、前後が曖昧になってしまっている。
アサヒは家族の顔が思い出せない。
もしかすると王都アケボノには生き残った家族がいるのかもしれないが、過去の記憶と向き合うのが怖くて、アサヒは家族を探すのは諦めていた。
「ユエリはアウリガの者だ。敵だということが分かっているのか、疑問に思ってな……」
「俺の過去について、他人のあなたにどうこう言われたくない。話がそれだけなら、失礼します」
それ以上、色々な意味で痛い会話を続けていられなくて、アサヒは退出の許可を得ずに部屋を出る。ヒズミは引き留めなかった。
出ていったアサヒと入れ替わりに、青い髪の男子生徒が入ってくる。
彼はハヤテ・クジョウ。
ピクシスからアントリアへ留学に出ていた竜騎士の青年だ。最近のアントリアの竜騎士の撤収にあわせて、入れ替わるようにピクシスの留学生も呼び戻されて帰ってきていた。ハヤテもその一人だ。
そしてヒズミ・コノエの幼馴染みでもある。
「……あれって今代の竜王陛下?」
「声をひそめろ。誰が聞いているか分からん」
明け透けな物言いにヒズミは渋面になる。
ハヤテはとにかく開けっ広げな性格だ。
見る者が見ればアサヒの正体は明らかだが、本人が自覚していない以上、おおっぴらに発言するのは憚られる。
「……それにしても、あの子、アウリガが憎くないのかなあ」
「お前は憎いのか」
「当然だよ」
顔の半分をおおう前髪をかきあげると、閉じられた片方のまぶたの上に無惨な傷痕が見えた。
「俺はこの目を奪い、家族を奪ったアウリガが憎い。奴らにもこの痛みを味あわせてやらないと気が収まらないよ」
ハヤテは言いながら凄惨な笑みを浮かべる。彼はアウリガの侵略で天涯孤独の身になっていた。
「君だってそうでしょ、ヒズミ。君もあの戦火で色々なものを無くしたはずだ」
「……それでも、一番大切な家族は失わなかった」
「それって」
「教室に戻るぞ」
まとわりついてくるハヤテを適当に無視しながら、ヒズミは空き部屋を出て歩き出した。