20 学院に戻って(2017/12/6 改稿)
ピクシスの正統な巫女姫は、数年前にアウリガに連れ去られて所在不明となっている。本来であれば巫女姫が女王位につくべきなのだが、いつまでも女王位を空にすると国民が不安になるからと、代理で巫女姫の叔母が女王位についている。
それが彼女、アマネだ。
暗い赤色の髪と瞳をした貴婦人は、学院の生徒達を眺め渡した。
アマネの正体を知った生徒や教師達は急いで地面に膝をつき、拳を胸にあてて礼をとる。頭を下げていないのは別の島から留学してきている生徒と、一等級のヒズミ・コノエ。いまだに訳が分かっていない修練場に立つアサヒだけだった。あの猪突猛進なハルト・レイゼンさえ再び地面に視線を落としている。
ヒズミはともかく、アサヒは三等級なのだから礼を取るべきなのだろうが、ヒズミが注意しないので、誰も彼に頭を下げろと言わなかった。女王も何も言わない。その違和感に何人かの生徒が気付いて不思議そうにしている。
「……我が島は苦境に立たされています」
アマネは威厳のある声で言った。
「ピクシスの未来を切り開くのはここにいる者達だと信じています。学問に武術に、よく励んでください」
女王の激励にかしこまる生徒達。
彼等を見て用が済んだのか、女王はすぐに迎えに来た騎士と共に去っていった。
「いったい何だったんだ……俺との話も結局よく分からないまま終わったし」
アサヒはヤモリに戻った竜を自分の服の中に落とし込みながら首をひねった。
「アサヒ! 僕達、学院に戻っていいんだって!」
「カズオミ」
「女王様が三等級にもきちんと勉強させるように、って仰ったそうだよ」
カズオミが駆け寄ってきてはしゃぐ。
元に戻ったのは別に良いが、いったいなぜ女王陛下は俺に城で働くように言ったのだろう。
疑問を抱きつつも、アサヒはカズオミと一緒に学生生活に戻ることになった。
決闘が終わった後、ユエリは学院を出て下宿先に戻ろうとしていた。
彼女の下宿先はアケボノの商家のひとつだったが、実はこの商家はアウリガと陰で取引をしている。
いつも通りに家に帰ったユエリは、下宿先に入った途端、屈強な騎士達に取り囲まれた。
「……ユエリ・フウ。いや、アウリガのティーエ・シュバリエ」
「!!」
本名で呼ばれて立ちすくむ。
恐れていた事態が起きてしまったのだと彼女は悟った。
「一緒に来てもらおうか」
両脇から腕をつかまれる。
冷たい鉄の輪で両手首が拘束された。
突然の事態に、ユエリはろくに動けないまま騎士達に引きずられる。こんな日が来るだろうことはとうに分かっていたはずだった。ヒズミ・コノエに正体がばれた後にすぐ、ピクシスを出れば良かったかもしれない。しかし彼女は竜騎士ではなく、いつでも自由に島を出入りすることはできない。凪の時期に運航される飛行船にも乗りそびれてしまった。
ユエリは震えを隠せないまま、それでも顔を上げて歯を食いしばる。
アウリガを離れた時に、命を捨てる覚悟は決めていた。
ピクシスの人々が自分の島を大切に思うように、ユエリにとってもアウリガは大切な故郷だった。
国のために戦ったのだ。
恥ずべきことは何もない。
騎士達に連行されて夕闇の中、ユエリは夜よりもなお深い、ピクシスの王城の地下にある牢へと歩き出した。
翌朝、学生らしく勉学に励む立場に戻ったアサヒとカズオミは、学生服を着て学校に登校した。
度重なる決闘騒ぎですっかり有名人となってしまったアサヒは微妙に注目を浴びている。
視線を居心地悪く感じつつも、アサヒは三等級の生徒達と共に授業を受ける。
学院の授業は主に、学問と武術と魔術の3つに分類される。
竜騎士の場合はこれに竜騎術が追加される。
学問で学ぶ内容は簡単な数学や国語、歴史、詩歌、外国語などだ。武術は武器ごとに異なる教師の元で修練する授業と、他の等級と合同で試合をする授業がある。魔術は実技と筆記に分かれている。
3つの授業すべてで基準をクリアする成績をとり、最終試験に合格すると晴れて学院を卒業できるという訳だ。
卒業には早い者で3~4年、遅い者で6年以上かかる。
カズオミは既に1年学院にいる。アサヒはやっとスタートラインに立ったばかりだ。
しかも、早くも一次試験が迫っているという。
運搬の仕事で数週間、学院に来られなかったというのに、教師は容赦なくアサヒにも他の生徒と同じ試験を受けるように言ってきた。おかげでアサヒは渡された教科書を手に焦っている。
やがて休憩時間になる。
周囲を見渡す余裕ができて、アサヒは生徒達の雑談に耳をかたむけた。
「……聞いた? 一等級のユエリ様がアウリガの間者だったって」
「本当なのかな。敵国の者が学院の中にまで入り込んでいるなんて、ピクシスは大丈夫なのか」
アサヒはがたりと机を鳴らして立ち上がった。
「ユエリがどうかしたって?」
急に話しかけられた生徒はびっくりする。
アサヒの険しい表情に押されて、その生徒はしどろもどろに答えた。
「だから、アウリガの間者だったっていう噂だよ! 本人は学校に来ていないし、分からないけど!」
「学校に来てない?」
「そうだよ! 噂では捕まって城の地下牢にいるって……あ、どこに行くんだよ、アサヒ!」
出会った当初、彼女は怪しい格好でヒズミ・コノエと戦っていた。アウリガの間者だと言われれば、そうなのだろうと思う。薄々敵とは知りながら、アサヒは彼女に親しみを抱いていて交流を重ねていた。
本当に捕まってしまったのだろうか。
凛とした蜂蜜色の瞳を思い出しながら、アサヒは教室を出た。
何か知っているとしたら、それは一等級のヒズミ・コノエだけだろう。