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03 お金は天から降ってこない

 家も親もいない子供が生きていく方法は限られている。

 生きていくには食べ物が必要で、食べ物を買うにはお金が必要で、お金は天から降ってきたりはしない。


「どう? 俺は可愛い女の子に見えるかな」


 アサヒはスカートを履いてくるりと回って見せる。

 成長が遅いアサヒは体格も華奢で、声もまだ高いまま男性の低い声にはなっていない。女の子の格好が似合ってしまう。

 正真正銘の女の子であるハナビは頬をふくらませる。


「アサヒ兄が女装しなくても、私がいるのに」

「ハナビを危険な目には合わせられないよ」


 これからアサヒは囮役をするのだから。

 少女には家で大人しくしているように言い聞かせ、アサヒは少年達と街に繰り出す。

 アサヒ達は大人から財布を盗んで生きている。

 真っ当な方法でお金を稼げない孤児には珍しくもない仕事だ。アウリガの侵略で秩序が失われたピクシスでは、性質の悪い大人が幅をきかせている。


「お嬢ちゃん、お菓子をあげようか」


 女の子の格好で街を歩いていると、中年男性に声を掛けられる。

 アサヒはわざと無邪気な顔で振り返る。


「お菓子?」

「アントリアに知り合いがいて、食べ物を融通してくれるんだよ」


 男性は人のよさそうな顔で言う。

 誘われるまま細い路地に入った。

 人目が無くなると男の様子が一変する。


「貧民街には勿体ない綺麗な顔にルビーのような瞳だな……高く売れそうだ」


 男の口の端が邪悪につり上がる。

 人さらいを生業にする者らしい。

 荒れ果てた今のピクシスでは、見目の良い女の子を誘拐して売り払う商売が横行していた。


「……」


 アサヒは怯えた顔を作って男が寄って来るのに任せた。


「……ゲスが」

「あ?」


 小声の呟きを拾った男は怪訝そうにするが、遅い。


「うっ」


 アサヒは思い切り男の急所を蹴りあげる。

 痛みに崩れ落ちる男から素早く後ずさった。

 その直後に上空や背後から石が男に向かって飛ぶ。


「ガキどもっ」


 あらかじめ準備した石を、こっそり付いてきていたアサヒの仲間達が次々と投げる。巻き添えにならないようにアサヒは男から離れた。


「はっはー! おじさん、地獄に落ちろ!」


 子供達は日頃の鬱憤を晴らすように攻撃する。


「やめろっ、うわ!」


 孤児仲間でも体格の良いシンという少年が、石の雨に立ち往生する男にとどめをさす。と言っても殺した訳ではない。子供が蹴ったくらいで人は死なない。

 袋叩きにされてボロボロになった男から、アサヒ達は金品を奪った。


「なあアサヒ、こんなチマチマした稼ぎじゃ足りないと思わないか? もっと裕福な奴を狙おうぜ」

「駄目だ」


 アサヒが否定すると、シンを初めとする子供達は不満そうにした。

 子供達は自分達が大人に勝てると過信している。

 彼等がうまくいっているのはアサヒの立ち回りがうまいからなのだが、腕力が強いシンなどは自分が前線に立っている自負があるため、アサヒの指示を聞かなくなってきていた。


「なんで駄目なんだよ。この辺りじゃ俺らのグループが一番強いんだ。他のグループの奴らも誘って、邪魔な大人をやっつけようぜ」

「やりたいならお前だけでやれよ。俺は協力しない」


 シンの提案にアサヒは眉をしかめる。

 暴力的な行為は気に入らない。

 前世の、地球でつちかった道徳感がアサヒにはある。それは他の子供達には無いものだ。彼等はこの無秩序な世界に慣れきってしまっていて、他人を傷付けるのにためらいがない。


「ちぇ、仕方ないな。ほらよ、お前の取り分」


 銅貨を一枚よこされる。

 シンは奪った金品の大部分を独り占めすると、取り巻きを連れて去って行った。


「あいつら、アサヒに感謝無しかよ!」


 残ったのはアサヒと仲の良いエドという少年だった。ぷんすか怒っているエドに対して、アサヒはクールに肩をすくめる。


「別にいいよ。行こう」

「アサヒってなんか格好いい……」

「何言ってんだよ、可愛いだろ。女装してるんだから」


 スカートをひるがえして見せると、エド少年は顔を真っ赤にして視線をそらす。同性だと分かっていてもアサヒには少年をドキリとさせる色気がある。


「あっ」


 一連の会話でぼうっとしていたエド少年は、道行く人とぶつかってしまった。

 体格の良い男に衝突したエドは尻餅をついた。


「いてて」

「坊主、大丈夫か」


 旅用のフード付き外套を羽織って、大きな荷物を持った男だった。フードに隠れて顔が見えないが、外の島の人間だろうか。異国の風を感じる。


「……っ」


 エドは差しのばされた男の手を振り払うように、男を無視して駆け出す。

 アサヒも後に続く。





 ぶつかったのに何も言わず逃げた子供達の背中を、男は目線だけで追いかけた。


「あの赤い目の方、竜の気配を感じなかったか」

『……弱い気配だった。三等級じゃないの』


 今は人目に付かないように透明になって頭上を飛んでいる相棒が、男にだけ聞こえる声で返事をする。


「三等級でも今のピクシスでは貴重な人材だ。竜騎士になれそうな子供がいたら保護することになっている」

『面倒くさいわー』

「こら」


 やる気が無さそうな返事に苦笑しながら、男は目を細めて、戦火の爪痕が今なお残る街を見渡した。



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