19 変なものを食べないでくれ
友人アサヒの竜は以前見たものと姿が違っていた。枯れ葉色の鱗をした一般的な火竜の姿をしていたのに、今は夜空のような漆黒の鱗をしている。コウモリ型の翼は4枚あり、まるで伝説の悪魔のようだ。竜の赤い瞳は炯々と光っていて、その頭上にはきらびやかな金色の角が5本、円を描くように並んでいる。
何だ、あの竜は……?!
見ていて胸が高揚する。今までにない感覚にカズオミは不思議に思った。肩に乗っている竜のゲルドの爪が背中に食い込む。どうやら相棒の竜も興奮しているらしい。
学院の上空に舞い上がったハルトの竜と、アサヒの竜。
彼等が散らす炎の鱗片がまるで花びらのように空から降った。
場所も考えずに学院の上、街の中で炎のブレスを吐き出したハルトの竜。その被害が全く無かったのは、実は下で監督していたヒズミ・コノエのおかげだった。
彼が上空に手を差しのべると、六角形の光の盾がいくつも現れ、ハルトが撒き散らした炎を回収する。
それは島の大結界を張るという炎竜王の血を引く、コノエ家に伝わる結界術を応用したヒズミ独自の無詠唱の魔術。一枚一枚に込められた魔力は二等級のハルトの炎の防御を凌駕りょうがし、高い魔力を圧縮しているため強度も段違いだ。この魔術があるからこそ、ヒズミは炎竜王だと目されているのである。
「ヒズミ様、あの竜はいったい……?!」
取り巻きが声を上げる。
ヒズミは低い声で答える。
「黙って見ていれば良い。真実を察したなら口を閉じよ。いたずらに噂を広げるような真似はするな」
「……失礼しました」
一等級の生徒の何人かはアサヒの竜を見て、その正体に感付いているようだ。しかし、大多数の生徒は訳が分からないといった顔で上空の竜に釘付けになっている。
彼等もいずれは気付くだろう。だが、その前に……。
ヒズミは観戦している生徒の一人、蜂蜜色の髪と瞳をした女子生徒ユエリをちらりと見た。
温情を掛けて見逃してやっていたが、そろそろ時間切れだ。
ハルトはアサヒの竜の異様な姿に気圧されていた。
何かが普通の竜とは違う。
手を出してはいけないと本能がささやく。だが、ハルトはそのささやきに耳を傾けるのを拒否した。
「あれは姿が変わってるだけで、三等級の竜だ……行けっ、リールー!」
彼の竜である火竜リールーは空中に飛び上がると、勢いよく炎を吐き出す。鱗と同じ色の明るい赤の炎が空を裂いてアサヒに迫った。
炎が目前に迫るというのに、アサヒの相棒の黒竜は動かない。
黒竜は口をパカッと開けて大きく息を吸い込む。
ひゅーっっという風の音と共に、火竜リールーの放った炎は黒竜の口に吸い込まれていく。
「なっ、食っただと?!」
リールーの放った炎を吸い込んだ黒竜は頬をふくらませてモグモグすると、ごっくんと炎を飲み込んだ。
げっぷ。
あんまり美味しくなかった、というような感じで黒竜は食後に行儀悪く炎混じりの息を吐き出す。
「お、おいヤモリ、変なもの食うなよ」
竜の背でアサヒが心配そうに竜の首をぺちぺち叩いている。
「くそっ、こうなったら接近戦だ!」
ハルトは何故か気が乗らない様子のリールーを追いたてて、アサヒに向かって突撃させる。ちなみに竜同士が接近戦をしている間は、炎装充填で攻撃すると自分の竜に当たる可能性があるので魔術は解除している。
火竜リールーは、ぽっちゃりした身体で踏みつけるように勢いよく黒竜に向かって落下した。
黒竜は回避する様子が無い。
くるりと背を向けると、太く長い尻尾で、まるでボールを打ち返すように落下してきたリールーを跳ね返した。
「うわああああっ!!」
竜の背中でハルトは思わず悲鳴を上げる。
バウンドして空中でじたばたするリールーの首根っこを、追ってきた黒竜が子猫をくわえるように捕まえた。
アサヒが跳躍して竜の背中を飛び移ってきて、動揺しているハルトの襟元をつかむ。
「お前、何やってんだよ! 街の中で竜を暴れさせるなんて危ないだろ!」
「う……そんなこと、三等級に言われるまでもない!」
竜の姿を見せれば、等級の差を感じたアサヒが怯えるだろうとハルトは軽く考えていた。竜の姿は等級が違うほど独特の姿となり、目に見えない威圧感が放出される。竜騎士同士なら竜を見せあえば力の差がはっきりして決着がつく時もある。
しかし、ハルトは逆にアサヒの竜に気圧されてしまっていた。
首根っこをつかまれたリールーが悲しそうに「メエー」と鳴く。
二体の竜はゆっくり元いた学院に降下した。
地上では腕組みしたヒズミが待っていた。
「……ハルト、アサヒ。この勝負は引き分けとする」
「え?!」
「ヒズミ様、なぜですか?」
地上で勝負の続きをしようとしていたハルトは驚いた。
対するヒズミの視線は冷たい。
「ハルト・レイゼン。学院の規則を覚えていないのか? 竜騎術の授業の時以外は、限られた場合をのぞき、竜の実体化は禁止だ」
そういえば、そうだった。
冷や汗が流れる。
「学院の規則にのっとって、ハルトには一週間の謹慎と反省文の提出を命じる」
「そんなぁー……」
処罰を受けたハルトは、地面に両手をついてがっくりとうなだれた。
「……実に興味深い勝負を見せてもらいました」
その時、よく通る女性の声が修練場に響いた。
「アサヒ、あなたには二等級と戦う力がある。しかし、まだ技術が足りないところがあるようですね。炎鎖の魔術は見事でしたが、魔術の修練が足りずにもろい状態でした……あなたは学院でまだ学ぶ必要がありそうです」
「じゃあ……」
「ヒズミ・コノエ。仮にも学院でトップに立つなら、学院内くらいは完全に掌握しなさい。少なくとも、後輩が市街地で竜を暴れさせないくらいには」
「返す言葉もありません、女王陛下」
え?
ハルトはがばっと顔を上げた。
観戦している中に身分の高そうな女性がいると思ったが。
誰だって……。
「えーーー?!」
まさか女王が直々に学院の視察に訪れていたとは知らなかった生徒達は、一斉に驚愕の声を上げた。