18 同じ手は二度通用しない
学院から呼び出しを受けたアサヒはその日、運搬の仕事を休んだ。友人にあわせて休暇をとったカズオミも、学院に戻ってきていた。久々に同じ三等級の生徒と親交を暖めていると、どこかでワッと歓声が上がる。学院内が急に慌ただしくなった。
カズオミは嫌な予感がした。
騒ぎについて情報収集しにいった生徒が帰ってきて、カズオミに向かって言う。
「おい、アサヒの奴、また二等級と決闘するそうだぜ」
「また?!」
アサヒ、いったい君は何をやってるんだ!?
カズオミは慌てて立ち上がる。
他の生徒も興味があるのか、皆連れだって学院の修練場に向かった。
修練場には物見高い生徒が既に集まっていて、その中には一等級の女子生徒ユエリの姿もあった。輝くような蜂蜜色の髪と瞳、柔和なのに凛とした面差しが周囲の女子から際立って見える。以前の運搬の仕事の時に、アサヒ経由で彼女と知り合ったカズオミは、思わず彼女に話しかけようとして寸前で思いとどまった。
身分が違うので人前で声を掛けるのはよろしくない。
しかし、カズオミに気付いたユエリは目配せで壁際に手招きする。
決闘について雑談している他の生徒はカズオミとユエリの動きに注意を払っていなかった。
「……ご無沙汰しています」
「アサヒは何をやってるの? この前、二等級と揉めて追放されたばかりなのに」
「はい、僕もそれが一番知りたいと思っています……」
二人はひそひそ話を始めた。
ちょっと近すぎないか。カズオミは近寄ってきた彼女から漂う花の香に、緊張して距離を取ろうとした。
「そ、そういえばユエリ様は確か、アントリアの貴族でしたよね?」
「そうね」
「アントリアに帰らなくていいんですか? 帰還命令が出てるそうですけど」
「そうね……」
実際はアウリガの暗殺者であるユエリである。
定期便に乗って密かにピクシスを去ろうとしていたのだが、ハナビを助けた一件で、乗船のタイミングを逃してしまった。
答えにくい質問に困っていると修練場がざわめく。
決闘の当事者が姿を現したらしい。
カズオミとユエリも雑談を中止して、事の成り行きを固唾をのんで見守った。
修練場の中央で剣を持ったアサヒと、くるりん眉毛ことハルト・レイゼンが向かい合う。
アサヒは両手に何も持っていないハルトに疑問を持った。
「武器はいいのかよ?」
「……お前の剣に切られてこりている。同じことを二度繰り返す俺ではない!」
なるほど、ハルトはアサヒの白水晶の剣を警戒しているらしい。
前回はあっさり武器を壊されただけに賢い選択と言える。
アサヒは眉根を寄せてハルトを睨んだ。
同じ手は二度通用しない、か。
「準備は出来たか。では、始めるとしよう」
前回と同じく、開戦の合図をヒズミが下す。
試合開始と同時にハルトは詠唱を始めた。
「外なる大気、内なる魔力、無敵の刃となり堅固なる盾となれ! 炎装充填!」
炎を凝縮した槍と、光の膜と線から成る盾を作り出す魔術だ。
実体の無い炎の槍はアサヒの剣では受け止められない。
前回は意表を突いたから勝てたが、初めから全力で来られればアサヒには不利だ。せっかくの白水晶の剣も、炎の槍の前では大して役に立たないのだから。
けれど、アサヒだって無策で来た訳ではない。
間一髪で勝った前回の戦いについて、アサヒなりに対策を考えていたのだ。
「この俺が最初から本気なら、お前に勝ち目は無いぞ、三等級!!」
「……三等級、三等級って、うるさいな。俺にはアサヒって名前があるんだよ」
アサヒは後ろに飛んで槍の間合いの外に出ると、剣を前にかかげて詠唱を始めた。
「外なる大気、内なる魔力、連続し束縛せよ。炎鎖!」
金色の炎が細長い線に収束し、小さな輪を連ねた鎖のかたちを構成する。
鎖は剣の柄に巻き付いた。
アサヒは走りながら鎖が付いた剣をハルトへと投げつける。
「何っ?!」
驚愕の声を上げたハルトは飛んできた剣を炎の槍で払いのけようとする。
しかし実体の無い炎の槍と白水晶の剣は噛み合わず、剣はハルトの胴の横を通り過ぎた。
炎の防御は物理攻撃にも有効なため、ハルトの身体には傷がついていない。
「ふん、こんなもので……」
「まだまだだぜっ!」
アサヒは金色の鎖をたぐりよせる。
狙いを逸れて地面に刺さった剣が宙に浮かび、鎖と共にアサヒの手元に戻ってくる。
その軌道上にはもちろんハルトがいる訳で、後ろから飛んできた剣に彼は驚いた。
「だが、鎖を切ればいいだけだろうっ」
回避しながらハルトは炎の槍をふるう。
細い鎖は呆気なく途中で断たれて炎の粉が宙に散った。
しかし、次の瞬間には炎が収束し、元の鎖のかたちを取り戻す。
「好きなだけ切れよ! 元に戻るだけだけどな!」
アサヒは言いながら、鎖を操って剣を手元に戻した。
好きなだけ切れとは言ったが、魔力に限りがある以上、無限に鎖を生成できる訳ではない。
魔力が底をつく前に鎖で足止めして接近して決着を付ける必要がある。
頭の中で戦略を立てるアサヒを前に、ハルトは不意に笑いだした。
「どこまでも小細工が好きだな、三等級! 小細工に付き合うのは面倒だ。竜騎士なら竜騎士らしく、最後は竜で決着を付けてやる!」
「え、竜? それってアリなの?」
決闘は人間同士のものじゃなかったのか。
呆気にとられるアサヒ。
修練場に明るい赤色の蜥蜴が飛び込んでくる。小型化しているハルトの竜だ。
誰も止める気配もなく、蜥蜴は見る間に大きくなって巨大な竜の姿になった。
明るい赤の鱗を持つ竜だ。
コウモリ型の翼や尻尾の先まで真っ赤。角だけは白く、主の眉毛と合わせるように渦巻き型にカーブしている。
「……羊みてえ」
竜が少しぽっちゃりしていたのと、渦巻き型の角が何となく羊のように感じて、思わずアサヒは口を滑らせた。
当然その呟きは対戦相手にも聞こえている。
「おのれっ、どこまでも俺を馬鹿にしやがって! そこに直れっ!」
竜に乗ったハルトはますますヒートアップしているようだ。
加減のない炎のブレスがアサヒに降り注ぐ。
アサヒは跳躍して避けながら、背中に張り付いているヤモリに向かって叫んだ。
「ヤモリ、竜になってくれ!」
背中から金色の炎が翼のように広がり、竜が姿を現す。
金色の炎から現れるのは、光を吸い込むような漆黒の鱗の竜。深紅の瞳に、コウモリ型の二対の翼。頭上に抱くは王冠のような金色の角。
「……あ、地味な方だって言うの、忘れてた」
ヤモリが変身した竜に飛び乗ったアサヒは、竜を見上げて目を丸くする学院の生徒達を見て、ヤモリに姿を指定しそびれたことに気付いたのだった。