16 きっと彼女には勝てない(2017/12/6 改稿)
アサヒは考えごとをしながら学院の外の街を歩いていた。
唐突に、懐かしい少女の声がする。
「アサヒ兄!」
振り返ると、明るい茶色の髪と瞳をした少女が駆けてくるところだった。彼女は全力疾走でアサヒの腕に飛び込む。
「ハナビ?!」
少女はアサヒが孤児時代に妹のように可愛がった少女、ハナビだった。
ハナビの後ろには何故か学院の女子生徒ユエリ・フウの姿があった。
「ユエリ、なんで?」
「……アサヒ。こんな小さい子を一人にしちゃ駄目よ」
なぜユエリに怒られているのか分からず首をかしげるアサヒに、彼女達はここに来るまでの話を説明してくれる。それは、こういうことだった。
――1時間ほど前。
ハナビは王都アケボノにいるアサヒに会いに行きたいと、知り合いの竜騎士トウマに頼んだ。アントリアの竜騎士セイランが島を去って、取り残された彼女は寂しくなって兄と慕う青年に会いたくなったのだ。
竜騎士トウマは快く了承してくれた。
トウマはアサヒの孤児時代の最後に出会った、もともと敵だった男だ。赤茶けた色の長い髪を項で適当に紐でまとめ、軽薄な笑みを浮かべた長身の男である。
セイランに負けて彼の手伝いをするようになってからは、真面目に働いていたものの、基本的にまっとうな大人ではないトウマは、王都アケボノに着いた途端にハナビを放り出して酒場に直行したのだという。
「あの酒飲み男……!」
「話は最後まで聞きなさい」
ハナビは困って、アサヒを探して街をさまよった。
いくら王都アケボノの治安が良いと言っても、限度がある。
いかがわしい界隈に迷い込んだハナビは下品な男に襲われた。
「大丈夫だったのか、ハナビ?!」
「うん。お姉ちゃんが助けてくれたの! すごいよ、こーんな大男を投げ飛ばしたの!」
ユエリの方はピクシスを出ていく段取りをつけるために、定期便の搭乗券を売買する男と会っていたところだった。
取引は半ばだったのだが、同じ女性として見過ごせない現場に出くわしたユエリは、つい持ち前の正義感を発揮して、暴漢を叩きのめしてしまったのだ。
「強いんだな」
「お姉ちゃん格好良い!」
「……もう良いでしょ。アサヒ、妹さんの面倒をちゃんと見てあげてね」
褒めたたえられて気恥ずかしくなったのか、ユエリはそそくさと去っていった。
「ねえ、アサヒ兄! 学校はどう? 勉強は楽しい?」
二人になった途端、ハナビは目を輝かせて矢継ぎ早に質問してくる。
アサヒは閉口した。
「ハナビ……俺は前も言った通り竜騎士として戦うとか、そんな面倒なことは」
「アサヒ兄なら楽勝だよね! 強いもんね!」
「俺の話を聞いてないなハナビ……」
久々に兄に会ってはしゃぐハナビを適当にあやしながら、アサヒは居酒屋に入り浸っているという年上の竜騎士の男を探した。トウマを叱り飛ばしてハナビを預けた後、学院に戻ったアサヒは学院の教師から呼び出しを受けた。
アサヒは久しぶりに学生服を着て学校の中に入る。
教師に付いてくるように言われて向かったのは学院の奥。
装飾がほどこされた立派な扉が重苦しい音を立てて開く。
中でアサヒを待っていたのは、厳しい顔つきをした中年の貴族の女性だった。
「……そこに座りなさい」
女性は足元を覆い隠す丈のスカートを着て、手に扇を持っていた。アサヒは扇で示された向かいの椅子に腰かける。
はて、このおばさんはいったい誰だろう。
なぜか部屋には一等級の男子生徒、ヒズミ・コノエの姿もあった。アサヒの怪訝そうな表情に気付いて彼は「気にするな」と言う。上等な家具類に居心地悪く感じてるアサヒと違って、彼はごく自然に部屋の空気に馴染んでいた。
「アサヒ、あなたは成績優秀だと聞きました」
突拍子もなく、女性からそんなことを言われて、アサヒは「???」となった。話がまったく見えない。
しかし、女性の方はアサヒの反応を気にせず続けた。
「入学時の試験の成績も良く、武術で二等級を圧倒したとか。そんな逸材を荷物運びで遊ばせておくのはもったいない」
女性の声は淡々としていた。
「王城の中で仕事をしながら学びなさい。授業を受けなくても卒業できるように取り計らいましょう」
「え……」
セイランの言葉もあり、悩んでいたアサヒにとっては渡りに船の申し出だが、あまりにうまい話にアサヒは戸惑った。
「何か不都合がありますか?」
女性はアサヒが受けるのが当然という顔をして言う。アサヒはすぐに答えずに一歩引いて、考えた。