11 学院の外に出るだけの簡単なお仕事
実体の無い炎で構成された槍は、アサヒが構えた剣をすり抜けた。防御が出来ない。このままでは攻撃を食らってしまう。
アサヒは咄嗟に金色の炎を呼び出して相殺する。
相殺すると同時に炎の槍の攻撃範囲から全力で遠ざかった。
「逃げ足だけは速い奴だ」
ハルトの手の中の炎の槍が復活する。
きりが無い。
アサヒは冷や汗をかいた。
今日、使える金色の炎はあと一回。
「そろそろ観念したらどうだ」
余裕の笑みを浮かべるハルトの前で、アサヒはじりじりと足踏みをする。
「アサヒ……」
観戦しているカズオミは息を呑んだ。
最初の武術の授業の時も感じたが、アサヒは戦いのセンスがある。無詠唱の炎の魔術を難なく使いこなし、ガラクタの山から拾った剣を見事に活かした。同じ三等級だと思えないくらいだ。
もう充分だよ。
カズオミは汗のにじむ拳を握りしめた。
三等級にしては頑張った。ここで負けても馬鹿にはされないだろう。なのに君はなぜ、まだ闘志を消さないんだ。
同じ疑問をハルトも抱いていたらしい。
なおも間合いをはかって武器を構えるアサヒに言う。
「……なぜだ、なぜ諦めない? 階級の差は絶対だ。そこまでして粘って、何の得がある。怪我をしないうちに降参したらどうだ」
「うるさい」
アサヒは相手の言葉を切って捨てた。
まだ負けていない。
普段は平穏を愛するアサヒだが、戦闘中だからか少しテンションが上がり気味だった。
「得か損かがそんな大事か? なんで諦めないかって……そんなの、負けたらつまらねえだろ!」
宣言と同時に走り始める。
片手で剣を持ったまま、もう片方の手で上着を脱ぎ、それをハルトに向かって投げつける。上着は制服ではなく私服だ。決闘で汚れるといけないので、制服は着てこなかった。
ハルトは投げつけられた上着に反応し、手中の炎の槍で上着を払いのける。その間に懐に飛び込んだアサヒは、金色の炎を喚び出して3つに分裂させ、内2つをハルトの顔と手元を狙ってぶつけた。
しかし金色の炎は、ハルトを囲む炎の模様に触れるとはじけ散る。
「無駄だ!」
上着が灰になって散り散りになり、ハルトは炎の槍を上段から振り下ろす。至近距離でアサヒは避ける場所がない。
勝った、とハルトは思った。
「……うぉっ?!」
突然、足元からお尻に向かって衝撃が走り、ハルトは声を上げる。みっともない格好でつんのめった彼の炎の槍は逸れた。
分裂した金色の炎の最後の1つは、防御の手薄な足元に回り込んでいたのだ。
アサヒは下からすくい上げるように斬撃を放つ。
白水晶の剣は、ハルトの周囲に展開されている炎の防御の魔術とぶつかって火花を散らす。アサヒが力を込めると、剣から金色の炎が立ち上った。
ジュッ。
魔術が燃え尽きる音が鳴る。
ハルトの炎の魔術が砕け散った。
体当たりを受けて尻餅をついた彼の目の前に、アサヒは剣を突きつける。
「……勝負あり」
折り畳み椅子に座って観戦していたヒズミが立ち上がる。
「勝者は三等級のアサヒだ」
嘘だろう。
審判の声と共に、場外の観客達は一斉にざわめいた。
アサヒは、敗北に衝撃を受けて立ち上がれないハルトから剣をひいて、鞘にしまう。金色の炎を使いきったので白水晶の剣は元の半透明に戻っていた。
カズオミの方に向かおうと顔をそちらに向ける。アサヒが勝ったというのに、カズオミは青ざめた顔をしていた。
普通は勝ったら喜ぶところだろう。
「見事だ、アサヒ。君には学院の授業は必要ないようだな……」
「え?」
ヒズミが声を掛けてくるが、その声は親しげな口調に反して冷ややかだった。彼は近くにいた教師に話しかける。
「先生、彼に運搬の仕事を手伝ってもらうのはいかがでしょう」
「そうだな……」
話の雲行きが何やら不穏だ。
アサヒは観客の中にいるカズオミを引っ張って隅の方に移動した。
顔色が悪いカズオミに聞く。
「おい、カズオミ、あいつら何言ってるんだ?」
カズオミは声をひそめて答える。
「三等級の生徒の一部は学院の外で、竜を使って王都に物資を運ぶ仕事を手伝ってるんだよ。卒業と言えば聞こえが良いけど、実質は追放なんだ……!」
「なんだって」
アサヒは目を丸くした。
「やりぃ、学院の外で仕事! 授業めんどくさいと思ってたからちょうどいいや。竜騎士として戦わなくてもいいし」
「あのねアサヒ……追放だよ? 僕の話聞いてた?」
喜ぶアサヒに、カズオミは頬をひきつらせた。
竜で運搬の仕事って平和でいいじゃないか。アサヒが考えたのはそのくらいだった。
勝負の結果に呆然としていたハルトは、ヒズミの冷ややかな視線に気付いて顔をこわばらせた。
「ヒ、ヒズミ様! 違うんです! これは何かの間違いで……もう一度再戦の機会をください!」
「……」
「見苦しいぞ、ハルト・レイゼン。ヒズミ様は敗者の言葉を聞かれない!」
ヒズミの取り巻きが、追いすがろうとしたハルトを止める。
交差した槍に阻まれたハルトは泣き叫んだ。
「どうかお慈悲を……!」
苦鳴に背を向けてヒズミは無言で歩き出す。
取り巻きから離れたところで、ヒズミの肩に乗る深紅の竜が話しかけてきた。
『……良いのですか。学院の外にあのお方を出すなど』
深紅の竜の声は落ち着いた女性のものだった。
竜のまろやかな肢体も女性的な雰囲気をかもしだしている。
ヒズミは彼女を撫でながら答えた。
「今の王都は彼にとって危険過ぎる。ユエリのような刺客も潜んでいるからな……」
白水晶の剣を手に、真っ直ぐな眼差しでハルトにぶつかっていった彼の姿を思い出してヒズミは微笑んだ。
「……大きくなったな、アサヒ」