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04 敵は動かないし増えない

 それは早すぎる再会だった。

 昨夜出会った黒い忍び装束の女性、ユエリは、今日は学院の制服を着ている。きちんと男女で制服の形が異なっていて、女子生徒はスカートだった。残念ならスカートは膝丈より少し下なので局部は見えないが、美麗な脚線があらわになっている。

 制服の襟元に輝くバッジは太陽のかたち。

 彼女は一等級のソレルクラスのようだ。


「あ、あなた、学院の生徒だったの?!」

「今日からね。たった今から」


 さっき制服に腕を通したばかりだ。

 アサヒは手に持った校内地図をひらひら振った。


「ちょうど良いや。ユエリ、寮がどこか教えてくれよ。道に迷っていたところだったんだ」

「初日から図々しいわね……」


 顔をしかめたユエリは、それでもアサヒの要望を聞いてくれるつもりのようだ。「こっちよ」と言って、先導して歩き始める。

 寮は学院の敷地の隅にあるらしい。

 人が多い洋館を離れてから、ユエリは言った。


「……昨日のことは、誰にも言ってないでしょうね?」

「誰に言うんだよ。俺は入学してきたばかりで、まだアケボノに知り合いがいないんだよ」


 あ、でも君とは知り合いだな。

 そう言って笑うアサヒを見て、ユエリは困惑した表情になった。


「私はアントリアから留学してきたユエリ・フウ。アサヒ、人目のあるところでは私に声を掛けないで。ここでは階級が絶対なの。三等級テラのあなたが、一等級ソレルの私と話していれば、変なふうに思われるわ」

「ユエリは貴族なのか?」

「そうよ。あなたは平民なのに、私が貴族でも態度を変えないのね」

「態度を変えて欲しいのか」


 問い返すと、ユエリは真剣な目をしてアサヒをさとすように言う。


「あなたのその、物おじしない態度は勇気があると思う。でも、場合によっては問題になってしまうわ。物分かりの良い貴族ばかりじゃないもの」


 彼女の言葉からはアサヒを心配している様子が見え隠れする。

 良い子じゃないか、とアサヒは思った。昨夜、彼女を助けて正解だったようだ。


「そうだな、敬語の使い方もおいおい勉強するよ。……あ、ここが寮か。なんだかボロっちい建物だなー」

「本当に私の話を聞いてた……?」


 雑談している間に、アサヒ達は寮に辿り着く。

 寮は古い建物のようで柱や壁が黄ばんだり、あちこち壊れている。貴族は学院の外に家があったり、下宿していたりするので、寮を利用しているのはアサヒのように事情がある生まれ育ちの者ばかりなのだそうだ。

 アサヒに割り当てられた部屋は寮の一階の、角部屋だった。

 同室者がいるらしいが、まだ帰っていないようで、部屋の扉を開けても人の気配は無い。

 別れるタイミングを逃してここまで一緒に付いてきていたユエリが、アサヒの肩越しに部屋を覗き込む。彼女は部屋の中を見て、眉間にしわを作った。


「汚い……」


 ところ狭しと雑貨やゴミが山のように積まれて、床が見えないようになっている。

 アサヒは前世の記憶でニュースの話題になっていたゴミ屋敷を思い出した。

 住めない。

 ここに住みたくない。


「見なかったことにしたいな……」

「そうね。でもあなた、他に行くところあるの?」


 勿論、ある訳がない。

 アサヒは深々と溜息を吐くと、覚悟を決めて上着を脱ぎ、腕まくりをした。


「ユエリ、水場はどこにあるか知ってるか」

「今から片付けるつもり? 今日はどこか別のところに泊まったら……」

「いや、俺は今、猛烈に掃除がしたい気分だ」


 うず高く積まれたゴミを前に、アサヒは戦意をみなぎらせた。


「掃除をしても死にやしない。敵は動かないし増えない。ふふ……孤児だった頃の戦いに比べれば、こんなの大したことはないさ。だって一日頑張ればクリアできると分かってるんだから!」


 高笑いをするアサヒに、ユエリは「そ、そう」と消極的に同意した。

 

「じゃあ私はこれで……」

「待ってユエリ」


 アサヒは逃げようとしている彼女の前に回り込んで、にっこり笑う。


「水場と、ゴミを出すところ、一緒に探してくれるかな」


 退路をふさがれた彼女は結局諦めて、学生達が帰る刻限近くまで付き合ってくれた。

 良い友人を得たと喜ぶアサヒ。

 一方のユエリは厄介な友人と知り合ったと昨夜の自分の行いを後悔していた。






 入学の手続きをしたのは午前中のこと。

 それからアサヒは食事を忘れて、陽が沈むまで掃除に没頭していた。

 ゴミの山を整理して明らかに不要なものと使えそうなものに分ける。ゴミは紙くずや腐った食事が乗った皿、何に使うか分からない道具など多岐に渡っていた。床からは黒いカサカサした昆虫が現れることがあったが、アサヒは問答無用の無詠唱の金色の炎で昆虫を始末する。

 物品を整理して床に雑巾を掛けると、部屋は見違えるほど綺麗になった。

 

「ふう……」


 満足して額の汗をぬぐうアサヒ。

 これで寝る場所を確保できそうだ。

 部屋の中央で達成感にひたっていたアサヒは、扉が開く音に振り返る。

 どうやら同室者が帰って来たらしい。

 扉を開いたのは眼鏡をかけた猫背の青年だった。栗色の髪は寝ぐせで暴発しており、両手に大量の荷物を抱えている。彼は変わり果てた自室の様子に茫然とした。


「え? え? いったいどうなってるのこれ? 僕の部屋が……」

「よう。俺は今日から同室のアサヒだ。勝手だけど部屋を片付けさせてもらった……ところで、お前、その腕に抱えているのは食べ物か。分けてもらっていい?」


 朝食と昼食を抜かしたアサヒはお腹が空いていた。

 マイペースに食事をねだる突然現れた同室者に、眼鏡の青年は目を白黒させた。




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