27 脱出
手のひらにヤモリの小さな身体をすくいあげる。
相棒はのそのそとした動作で頭を上げた。
『む、少し寝ておったか。今は何時だ? 盟友よ、たまには我に銀も食させよ』
「……大丈夫そうだな」
敵に捕まっていたヤモリの心配をしたアサヒだが、寝ぼけたヤモリがいつもの調子なので安心した。銅貨ならともかく、銀は高いので餌にしたくない。
立ち上がって壊した機械人形を振り返ると、無機質な音声のアナウンスが聞こえた。
『……1号コア破損のため本機体は廃棄します。予備の機体、2号機~6号機の起動準備を開始』
低い女性の声で語られた内容に不吉な予感を覚えたアサヒだが、前半の台詞の意味を理解すると、すぐに次の行動に移った。
「ウェスペ、脱出するぞ! どうやら建物ごと壊れるみたいだ!」
「何だと?!」
残っていた体力を全部使って、魔術で内側から壁を破壊することにする。壁の薄い箇所を狙いたいのだが、見回しても同じような壁が続くばかりだ。
足元に不気味な振動と爆発音が響き始めたので、アサヒは諦めて全方位を焼き付くす魔術を使うことにした。
「……そは終わりを迎える星の最後の煌めき。破壊せよ、銀河炎!」
適当な方向に向かって炎を放つ。
アサヒの前を半円状に黄金の炎が燃え広がった。炎は床を舐めて壁を伝う。今回は燃やす対象を物理と定めている。床が炎を受けて激しくめくれあがり、シュウシュウと音を立てて消滅した。壁がドロドロと炎に溶けおち始める。
炎の影響が及ばないアサヒの背後で様子を見ていたウェスぺは、壁を冷静に観察していた。
「そこか……太陽神の神威を見よ、光貫槍!」
銀色の光が収束して槍の形となる。
ウェスぺは光の槍を、炎に溶け始めた壁の一点に向かって投げた。
すさまじい爆発が起きてアサヒは腕で目の前をかばう。
煙や火花が散った後の壁には大穴が空き、青空がのぞいていた。
「ヤモリ! 竜に……ってそれ何?」
脱出のために竜の姿になってくれと頼もうとすると、いつの間にか相棒は足元で丸い物体をつついていた。
「亀の甲羅?」
『うむ。持ち帰って鍋の具にするがよかろう』
「いや違うだろ、どう見ても生きてるし」
「何をやっている、アサヒ! 脱出しろと言ったのは君だろう?!」
一足先に穴から飛び出したウェスぺは、胴の長い黄金の竜にまたがっている。
アサヒは慌てて足元の亀を拾い上げるとポケットに押し込んだ。サイズが小さい亀だったのでギリギリ入った。
今度こそ、4枚翼の漆黒の竜王に姿を変えたヤモリの背中に飛び出る。
小さな爆発を繰り返して砕けていく石柱を見下ろしながら、竜は天空へと上昇した。
「アサヒ、気を付けて!」
「うわっ」
上昇する途中で毒の霧に突っ込みそうになる。
脱出に気付いたアネモスが相棒の青い鳥の翼を持つ竜を降下させ、霧を風で追い払った。
「大丈夫?」
「ごほっ……平気」
少し毒の霧を吸い込んでしまったアサヒは、喉を押さえて咳き込んだ。喉と肺の一部が焼かれたように痛む。
アネモスが心配そうな顔をした。
「早く帰って休もう、アサヒ」
「いや、まだだ」
「え……?」
海面の渦巻きはまだ消失していない。
崩壊する石柱が渦の中に消えても、範囲を拡大し続けている。
その場に留まって海面をにらむアサヒに、他の竜王達が不思議そうにした。
「あれは……?!」
広がった渦は5つに分かれ、それぞれ紺碧の海面を暗く歪ませ始めた。
そして5つの渦の中から先ほど崩壊した石柱と同じものが、尖った頭をのぞかせようとしている。
「ひとつじゃ無かったのか?!」
次々とせりあがってきた石柱の壁面に穴が空き、穴から白い煙が立ち上ぼり始める。
「げっ! ひとつでもキリが無いと思ってたのに、5つもあっちゃ防ぎきれないよ!」
毒の霧がもくもくと沸き上がるのを見て、風竜王アネモスが嘆いた。気のせいか、最初の柱より霧の生産能力も上がっているようだ。
涌き出た霧が雲となって上空に上がってくる。
空を毒雲でおおいつくされれば、島の人々にも被害が及ぶ。
アサヒは竜の背で立ち上がると鍵詞を唱えた。
「そは人を裁きし天の炎、神々が下せし……ぐっ」
途中で詠唱に詰まる。
毒の霧に焼かれた喉が傷んだ。
そろそろ、体力が限界に近付いている。
「……神々が下せし滅びの矢。天炎金槍!」
炎竜王を中心に吹き上がった黄金の炎の柱。
柱は3つに分かれて、巨大な炎の槍となる。
アサヒが腕を振ると3つの槍は回転しながら空中を螺旋を描いて飛んだ。
黄金の槍を、霧を吐き出し続ける石柱の一本に集中して投げつける。雷光のような閃きと爆音が続けさまに鳴り響いた。
息を弾ませながら、アサヒは石柱に目をこらす。
「やったか?!」
束の間、火花と爆発で視界がくもる。
しかし爆風が収まった後には、何事も無かったかのように石柱がそびえたっていた。いや、一本の石柱の頂点がすすけてヒビが入っている。
水竜王ピンインと共に見守っていた土竜王スタイラスが難しい顔になった。
「……我らの中で最も破壊に秀でた炎竜王の魔術でも、この程度だと?」
「でも、もう二、三度ぶっぱなせば……ゴホッ」
連続で魔術を放とうとしたアサヒは咳き込んだ。
手のひらで口元を押さえる。
妙に胸が痛くて、身体が重い。
咳を受け止めた手のひらを見ると、赤い液体がべったりと付着していた。




