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26 炎の中へ

 竜王、ファーラムという名前はいつしか契約した男のものになった。

 魂をつなぐ契約のもと、男は分かちがたい竜王の半身となったのだ。

 転生を繰り返す男と共に竜王も卵に戻る。

 新しく生まれ直す。

 男と契約する前は知らなかったが、これは竜王にとっては喜ばしいことだった。転生するたびに新しくなる。形を変えて気持ちを変えて、いつも新鮮な感情を味わえる。そうして一個の生命として、男と共に世界に存在する意義を見出せる。


『……アサヒ』


 このヤモリの姿は、男の一つ前の人生で好きになった動物の姿だ。

 壁に登るのは愉快なので結構ヤモリの姿を気に入っている竜王だった。


『汝がおらぬとつまらぬ、我が盟友よ。我をひとりにするな』


 かつて契約した男は竜王に人の心を教えた。

 喜びの意味を、悲しみの尊さを。生まれ変わった契約者が道に迷った時は、今度は反対に竜が人に教える。そうして一人と一匹はお互いに補完しながら歩み続ける。

 たぶん、これから先もずっと。





 アサヒは光竜王ウェスぺと共に、通路を走って突き当たりの部屋に飛び込んだ。


「ヤモリ!」


 暗い部屋の中央で振り返ったのは相棒ではなく、醜悪な機械人形。

 台座に座った人形は壊れ掛けているのか、外側の皮膚の部分が剥がれて内部の機械組織が露出している。人の目を模した義眼は片方が破損して赤いレンズが見えていた。血管のようなコードが人形の身体から床に張っている。


「なんだ、おぞましい」


 ウェスぺが嫌そうに眉をしかめた。

 薄気味悪い人形の姿にアサヒも一瞬呆然としたが、その人形の前の置かれた数個の透明な球体の中に相棒の姿を見つけて声を上げた。


「ちょっ、何寝てるんだよ!」


 遠目に見ても、球体の中で尻尾をかかえて丸くなっている相棒は眠っているようだった。

 相棒を取り戻そうと進みかけたアサヒだが、人形が手を上げたので足を止める。


『ニンゲン、イラナイ。イノチヲクレナイ、ニンゲン、キライ』

「何を言ってるんだ……?!」


 機械人形の周囲に光が走り、紅蓮の炎が燃え上がった。

 それがヤモリを媒介として炎竜王の力を利用したものだと、アサヒは一目で分かった。このためにヤモリを自分から引き離したのか。


「けど、だから何だ」

「アサヒ、あの炎は色合いが君のものと違う! 近づけば君も焼かれるぞ!」


 見慣れた黄金の炎ではなく、赤黒い血のような炎。

 床が暗い赤のこともあって炎は鮮血のように見えた。

 ふと、家族を失ったアウリガの襲撃で炎に巻かれた家を逃げ出したことを思い出す。

 あの時もこんな炎が燃え盛っていた。

 逃げ出した時の記憶は曖昧になっている。

 記憶と家族を失ったアサヒは街を徘徊する孤児のひとりとなった。

 しばらく炎が怖くて仕方なかったっけ。


相棒ヤモリの炎が俺を焼く訳がない」


 引き留めるウェスペを無視して、アサヒは一歩、炎の中に足を踏み出す。

 熱い。

 チリチリと火花が肌を打った。

 口では勇ましく宣言したものの、敵に利用された炎はもう相棒のものではないのに、つっこむなんて無謀だと心の中では思っている。

 怖い。

 死は恐ろしい。

 炎が怖くて仕方ない。


「……やっぱり俺は臆病だな」


 それでも、この役目だけはウェスペや他の者には譲れない。

 相棒を取り戻すのは自分の手でなくてはならない。

 そうでなくては相棒にも自分にも胸を張れないから。


「ああ、そうか……そうだった」


 今のアサヒはヤモリがいないので竜王の魔術が使えない。最適解は光竜王ウェスペに突撃させて、その隙にヤモリを取り戻すことだ。

 だというのに、自ら炎に飛び込むなんて何と愚かなことか。

 けれど、真っ先に、一刻も早く相棒をこの手に取り戻したいこの気持ちは理屈ではない。


 震える足を前に踏み出して、炎の中をまっすぐ機械人形に向かって進んだ。

 向かってくるアサヒを見た機械人形は、なぜか後ずさるような動作を見せる。


 歩きながら手元の白水晶の剣を撫でる。

 アサヒの気持ちに応えるように透明な剣身に、ポッと黄金の炎が灯った。

 相変わらず炎が熱くて痛くてたまらないが、思ったほどのダメージではないようだ。ちらっと見た剣を持った手や腕は焼けていなかった。

 つまり熱くて痛いだけで炎による負傷はない。


 きっと覚えていないだけで、幼い頃、火事に崩れ落ちた家から逃げ出した時も、同じだったのだろう。やっぱり相棒はいつだってアサヒを守ってくれる。


「相棒を返してもらう!!」


 機械人形の前にたどり着いたアサヒは、白水晶の剣を頭上にかかげる。

 その足元から鮮血の炎は明るい黄金へと変化し、渦を巻いて剣へと導かれた。


『ドウシテ?! イノチガホシイダケナノニ!』

「命はそうほいほい、やれるものじゃない!」


 台座に固定されているらしい機械人形は避ける様子を見せない。

 アサヒはそのまま剣を振り下ろす。

 黄金の炎が鋼鉄の玉座を舐めた。機械人形の身体が砕け散り、小さな歯車やケーブルが床に落ちる。それらの欠片は金色の火の粉となって消えていく。


 人形の前にあった装置に亀裂が入り、ヤモリの入った球体が外れる。

 床にバウンドした透明な球体にヒビが入り、砕け散った。

 小さなヤモリの身体が床に投げ出される。

 アサヒは急いでかがみこみ、ヤモリに手を伸ばした。




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