24 油断大敵
アサヒに殴り飛ばされて呆然としていたウェスぺだが、「ところでここはどこだ?」と言い出したのでアサヒも我に帰った。
「こんなところで喧嘩してる場合じゃない、か」
ここは敵の腹の中。
早々に用を済ませて脱出しなければならない。ウェスぺの救出にも炎を使ったので、残りの体力が心もとなかった。
「ここはリヴァイアサンの中だよ。さっさと壁を壊して外に出るぞ」
「待て」
ウェスぺは回収したし、もう外に出ようと思ったアサヒだが、光竜王ウェスぺがさえぎる。彼はよろめきながら立ち上がった。
「リヴァイアサンの中だと?! それなら、敵の心臓部に進んで奴を倒してくれよう」
「無茶だって」
「リヴァイアサンはおそらく人類を洪水でもって滅ぼした魔物だ。アサヒ、これは千載一遇のチャンスだろう?!」
光竜王の言いたいことも分かる。
それに石柱は今度は海水だけでなく毒の霧を吐き出し始めた。ここで石柱を壊しておかないと、上空に浮かぶ島まで毒の霧が到達して大変なことになるかもしれない。
だが勝算の不明な戦いに突き進んで良いものか。
アサヒは腕組みしてうなった。
「うーん」
「なぜ君は肝心なところで、そう及び腰なんだ?! くそっ、だから君は竜王の中でも一番性質が悪い。君だけは確実に倒そうと思っていたのに……!」
悔しがるウェスぺ。
アサヒはふと気になって聞いてみた。
「なあ、ウェスぺ。俺達、百年以上前に殺しあったよな。あの後、炎竜王は百年近くピクシスに転生できなかった。お前、あのとき俺に何をしたんだ?」
百年近くピクシスには炎竜王が不在だった。
だから島の人々は希望を失いがちになっていた。
そして肝心のアサヒは炎竜王の記憶を思い出せずに長い時をさ迷っていたのだ。そのきっかけとなった光竜王との戦いの記憶さえ曖昧なまま。
「君は僕にとって最大の障害だった。君が地上はどうでも良いと言うと、他の竜王まで同調しだすし……」
「そうだっけ?」
「自覚がないのか。ともかく、君などいなくなれば良いと私は願った。しかし竜王は殺しても転生をしてよみがえる。それなら、魂を別の世界に飛ばしてしまえば良い」
「……そういうことか」
殺しても死なない竜王。
目の前から消すことが不可能なら、自分が遠ざかるか、相手を遠ざければ良い。簡単な道理だった。
だからアサヒは別の世界で生まれた記憶があったのだ。
一度、地球で生まれて人生をまっとうした後、故郷の世界、火の島ピクシスに何とか戻って来られた、ということだろう。
「でも災い転じて福となる、ってとこか。別の世界にいたから、俺は知識が増やせたし、リヴァイアサンの正体も機械だってすぐに分かった」
「機械?」
「ほら、土竜王が作っているような物の発展形というか……」
「土竜王の愉快なカラクリ道具のことか? もしリヴァイアサンが作り物だとしたら、一体誰が作ったというのだ」
もっともな疑問だった。
「それは……」
アサヒが適当な答えを返そうとした時。
不意に気配も感じずに背中を押された感覚がして、肩の近くを何かが通過した。
「ヤモリ!!」
『む、油断した』
床にドッジボールのような透明な玉が弾む。
アサヒの肩に出てきていたヤモリが玉の中に閉じ込められていた。
こちらの隙を狙いすまし、肩のヤモリだけを狙って捕獲する罠にはまってしまったらしい。殺意もなく、対象が自分ではなかったため、気付くのが遅れてしまった。
玉はコロコロ転がって床に飲み込まれる。
「……これでも先に進まず脱出すると?」
「お前はいちいち嫌味なんだよ、ウェスペ! 相棒を取り返しに行くに決まってるだろ!」
まんまと竜を奪われたアサヒは歯噛みした。
契約のつながりは切れていない。
ヤモリがどこにいるのかは、何となく分かる。
通路の奥に向かってアサヒはウェスペと共に足早に進んだ。
相棒が一緒でない今、竜王の魔術は使えない。悔しいことこの上ないが、ウェスペの魔術に頼るしかなかった。
「ヤモリ……」
竜だと分かる前からヤモリはずっとアサヒの傍にいた。
相棒と離れるなんて、思ってもみなかった事態にアサヒは焦りとかすかな不安を覚えた。
一方のヤモリは球体に閉じ込められたまま、石柱の最上部の奥に運ばれていた。
自力で脱出できればするのだが、この球体を壊そうとするなら竜王本体の姿に戻らなければならない。小型化した今の姿では十分に力が出ないのだ。
『むう……あれは』
運ばれた先の部屋に、同じように球体に閉じ込められた亀の姿があった。
亀が入った球体は何かの機械に据えられている。
『我は理解した。あれは本物の海竜王であろう。海水を作るためにここに捕まっておったか』
石柱は海竜王リヴァイアサンではなかったが、まったく無関係という訳でもなかったようだ。
『はてさて、困った。このままだと我も火種に使われかねんではないか。小癪な……』
アサヒが早く来てくれることを願いつつ、ヤモリは部屋の様子をうかがった。
部屋の中央に人型を模した鋼の機械が座っている。
鋼鉄の皮膚はところどころ剥げて内部の歯車が露出した、狂った芸術家が作った機械人形のような姿だ。機械人形はヤモリの入った透明な球を持ち上げた。
「ホノオ。キレイ。キラキラ、キラキラ。イノチ、アタタカイモノ、ホシイ。イノチガホシイ……」
機械人形はひずんだ言葉で、壊れた音調で、ゆがんだ願いを奏でた。
『命無きものよ、命を欲するか。悲しいかな、それは汝にはけっして手に入らぬもの』
ギコギコと歯車の音が鳴る。
眠ってはならないと知りつつも、ヤモリは急速な眠気に襲われていた。それが神代の火竜を閉じ込めて眠らせ、力を引き出すためのものと知っていても、小さな身体では抗うことが難しい。
まどろみの中で、ヤモリは波のように打ち寄せる遠い昔の記憶を見た。




