23 後で土下座してもらうからな
大丈夫かなあ。
石柱の中心を貫くエレベーターを見上げて、アサヒは少しだけ悩んだ。
普通の竜騎士は自分の中の魔力を消費して魔術を使う。竜騎士は生まれもった魔力の量によって魔術の使用限界が決まっている。
しかし竜王は世界に満ちる無限の大気を消費して魔術を使う。リソースが無限にあるので強力な魔術も連発できるのだが、人間である竜王には体力や気力の限界がある。
つまり炎竜王であるアサヒにも限界はある。
いざという時に内側から石柱の壁をぶち抜いて脱出するために、体力は残しておかなければいけない。
エレベーターを使って移動した先に、もしラスボスのような敵が待ち受けていたとして。その敵を撃破して、さらに脱出のための力を残しておけるだろうか。
「うーん。でもここまで来ておいて、手ぶらで帰るのも」
次回、ここに来られるかは分からない。
悩んだ末にアサヒはエレベーターに乗ってみることにした。
「お、上ボタンしかないじゃん。ということは頂上に何かあるのか。変なところに連れていかれませんように!」
上向きの三角をていっ、と気合いを入れて押す。
静かな振動と共にエレベーターが上昇した。
最上階と思われる場所まで上昇すると、エレベーターが止まって扉が自動で開く。アサヒは開いた扉から通路へ踏み出した。
通路の先には、大小様々な水晶が立ち並ぶ部屋があった。
一際大きな水晶の中に人影を認めて、アサヒは立ち止まる。
「なんでこんなところに……ウェスぺ?!」
海底に沈んだという話だが、石柱の中に取り込まれてしまっていたらしい。水晶の中に眠る金髪の男の姿を見つけて、アサヒは驚愕した。
ポケットの中から金色の蛇が出てきて、宙に浮かぶ。
『炎竜王よ……我が友を解放してやってくれ』
「それは」
『伏して頼む。この通りだ』
光竜王がこうなったのは自業自得の極みだが、相棒の竜に懇願されるとアサヒも良心が痛む。
「分かったよ。もともとそのために来たしな」
『感謝する』
「でも、俺は風竜王や水竜王みたいに解放の魔術は得意じゃないぞ」
炎は破壊することしかできない。
困って水晶を見上げると、金色の蛇は言った。
『それで良い。肉体という器が壊れたとしても、魂さえ無事であれば、我が友の魂は無限の大気に溶けて生命の循環に戻るであろう。そしていつの日か、我らは再び巡りあうのだ』
分かりやすいように翻訳する。殺してもいいよ、転生するから。
アサヒは頭をかいた。
「そりゃそうかもしれないけど。何なんだよ、お前ら!」
『?』
「もうちょっと、命を大事にしろよ! せっかく今を生きているんだから」
言いながらウェスぺの入った水晶の前に立つ。
「何とか外側の水晶だけ壊してみるか……内なる大気、外なる世界」
黄金の炎が渦を巻くように水晶に絡みつく。
炎の勢いを抑えながら、アサヒは願いを叶えるための鍵詞を口にする。
「檻を穿て、炎よ! 命無きもののみを燃やし尽くせ!」
詠唱は魔術のイメージを明確化して、威力を上げるためのもの。
アサヒは燃やす対象を生き物以外と指定する。
もしここが巨大な生き物のお腹の中なら、この魔術の炎は効かなかっただろう。だが機械でできた石柱の中で、ウェスぺを封柱ごと閉じ込めた水晶は無機物だった。
炎に舐められた水晶が融解して水となる。
解放されたウェスぺの身体が水溜まりの中に倒れた。
「やった成功!」
金色の蛇がウェスぺの顔をつつく。
少し間を置いて、かすかな呻き声と共に彼は目を開けた。のぞきこんだアサヒの顔を見上げて、ウェスぺは目を細める。
「よお、気分はどうだ?」
「最悪に決まっている……もしや君が私を助けたのか」
上半身を起こすと、光竜王ウェスぺはアサヒを睨んだ。
「馬鹿か君は?! 私は君の敵だ! 余計なことをせずに殺せば良いものを!」
「はあ?! 感謝の言葉も無しか。本当に嫌な奴だなお前は!」
アサヒはウェスぺの襟首をつかむと、彼の頬を思い切り固めた拳に殴り飛ばした。目覚めたばかりで抵抗する余裕もないウェスぺはまともに拳を受け、壁にぶつかって崩れ落ちる。
『む。盟友よ、再びノックアウトするのは良くないぞ。せめて自力で移動できるようにしておかないと。汝がこの男を背負うのか?』
「そうだった。ついつい力が入っちゃったぜ」
肩に現れたヤモリが尻尾を揺らしながら提言する。
立ち上がったアサヒは、膝をついたままのウェスぺを見下ろして握っていた拳を解いた。
「外に出たら土下座してもらうからな。お前はこの先、一生、俺の言うこと聞いて働いてもらう。これまでの分、きっちり詫びろ!」
「何だと?!」
指差して宣言すると、ウェスぺは目を丸くした。
「具体的にはピクシスの復興に向けて資金の提供や名産物を格安で輸入させろ。あとは俺の両親の墓参り(俺も実は行ってないけど)とか……」
「下らん。島の復興はともかくとして、墓参りして何になる? 私も君も時間の流れに取り残されている。奴らは仮の親に過ぎないのに」
嫌そうにそっぽを向きながら、ウェスぺは赤く腫れた頬をさすった。
アサヒは彼を見下ろして腕組みする。
「親に仮も何もあるか。だからお前は駄目なんだよ」
「何?!」
「人類の未来? 地上を取り戻して過去の栄光を復活する? ふざけんな、もっと大事なものがあるだろ。何度繰り返しても、この人生は一度きりなんだ。お前は大切な人はいないのか?」
アサヒの言葉に、光竜王ウェスぺは何か思いあたることがあったのか、胸にあてた手でポケットに入った球体をぎゅっと握りしめた。




