21 海竜王の正体
光竜王がいなくなれば、スタイラスの言う通り、光の島から難民が出るかもしれない。
無関係の民が苦労するのは心が痛むが、そこは仕方ないと割り切って、どうにかする方法を今から考えればよい。ちょうど竜王が集合していることだし、先のことをここで打ち合わせておけば万全だろう。
ウェスペには海の中で眠ってもらって。
アサヒ達は平穏な日々を満喫する。
それこそ最高の復讐なのかもしれない。
「……俺が、じゃあウェスペは見捨てようぜ、って言ったら、アネモスはどうする?」
「どうもしないよ」
青銀の髪の少年は澄ました顔で肩をすくめた。
「そうだね、じゃあそうしようか、って返事をするだけさ。僕もウェスペには煮え湯を飲まされたからね。でも……炎竜王らしくないな、とは思うけど」
「炎竜王らしくない?」
「うん。昔から君は妙なところで優しいから。最近の例でいくと、ほら、僕の娘を助けてくれたでしょう」
ありがとう、ってまだ言ってなかったね。
そう呟いてアネモスは微笑んだ。
「普通に考えれば敵を助ける必要はない。敵は殺すか倒すかして、自分に賛成してくれる人達だけを大切にして、脅威を全部取り除いて、自分と周囲だけを守る。それは人として当然で、とても正しいことだ」
「正しい、か」
きっと光竜王は放置して、自分の島を優先することが正しいことなのだろう。
誰もアサヒを責めない。
光竜王は争いの根源であり、彼が自滅したならそれは喜ばしいことだ。
誰もがそう言うだろう。
「……けど、それって何だか面白くないな。すっきりしないというか」
世の中にとって正しいことは、いつだって優しさを伴わない。
優しいだけでは生きていけないから。
だから誰もが自分が生き残ることを優先する。
『汝は正しさを選ばなかった。ゆえに汝はここにある』
追加で二枚目の銅貨を飲み込んだヤモリが、アサヒにだけ聞こえる声で言った。
アサヒは苦笑する。
「正しさなんかくそくらえ、俺は間違いでも良い。ウェスペの阿呆は海底から引きずりだして土下座させる。それが俺の決着の付け方だ」
そう言って顔を上げると、アネモスは何故か嬉しそうにした。
「そうこなくっちゃ。やっぱり間違っていたとしても結末は楽しい方がいい」
「アネモス……」
「皆もそれで良いよね?」
アネモスが机を囲む他の竜王を見回す。
どんでん返しの結論にピンインがガタっと椅子を蹴って立ち上がった。
「ちょっと待て! なんでそうなる!? だいたい何故お前が仕切る?!」
「えー、僕は仕切らないよ。仕切るのはアサヒ」
「俺?!」
バトンを渡されたアサヒは目を白黒させた。
アネモスはピンインの不平不満をどこ吹く風と受け流して続ける。
「だって、いつだったか、大昔に島を空に浮かべた後くらいに皆で集まったときも、火の島だったでしょう。僕らを集めるのはいつだって炎竜王だ。自分の島だけを優先する僕らと違って、炎竜王は他の島のことも考えてくれるから」
何だかえらく持ち上げられている。
戸惑っていると、ピンインが不満そうな顔をしながらも椅子に座りなおした。
「もういい。光竜王を助けて土下座させる? それはそれで愉快かもしれん。私も海神の玉を取り返さねば気が収まらないからな」
「……海竜王の正体が気になる。いずれにしても調査は必要だろう」
成り行きを見守っていた土竜王が渋い顔で頷く。
いつの間にか、3人の竜王はアサヒを見つめて言葉を待っていた。
アサヒは立ち上がって宣言した。
「よし、じゃあとりあえず海竜王とやらに会いに行こう。ピンイン、力を貸してくれ。スタイラスとアネモスは後ろでサポートを頼む」
「心得た」
「水あるところでは私は無敵だ! 敬うがよい」
「よーし、はりきっちゃうぞ」
かくして竜王総出で海竜王の調査に乗り出すことになったのである。
あの光竜王でさえ、あっさりやられた相手だ。
他の竜騎士を連れていけばどうなるか分からない。
それゆえ今回の現地調査は竜王のみで行う。
「……ヒズミに帰ってきたら覚えてろ、って言われた……」
「アサヒはお兄さんに頭が上がらないのかい」
善は急げ。自分の島に帰ると(竜騎士達に引き留められて)また集まるのが難しくなるため、竜王達は会談後に部下を説得してそのまま出発した。
風竜王と一緒にピクシスに戻ってきたヒズミは、またもや外に出かけるというアサヒに渋い顔をしたが、文句ひとことで許してくれた。
水竜王ピンインの従者として同行していたセイランも、悩ましい顔をしながら水の島アントリアに帰った。ピンインについて水の島の竜騎士達に状況を報告しなければいけないらしい。
土竜王スタイラスの部下ケリーも土の島リーブラに先に戻った。
風竜王アネモスは最初から単身で来ているために、そのままアサヒに同行する。ユエリと兄グライスは風の島アウリガに残ったらしい。
光竜王の相棒である金色の蛇は、アサヒがあずかった。
海底に行く話を聞いた金色の蛇はひとこと『感謝する』と言ったきり、アサヒの服のポケットに潜り込んで出てこない。何やら落ち込んでいるようだ。そっとしておこう……。
ヤモリに漆黒の竜王に変身してもらい、四枚の翼の竜王に乗って、アサヒは他の竜王達と一緒に海竜王がいるという海へ向かった。
なぜか自分の竜を使わずにアネモスはアサヒの後ろに乗っている。
少年は涼しい顔をして、カバンの中から紙袋を取り出すとバリバリお菓子を食べた。
「アネモス、俺のヤモリの上に菓子を食べ散らすなよっ」
「細かいことを言わないでよ。まだ本調子じゃないし、お腹が減っているんだ」
ちなみに飛行速度が遅い土竜王も、今回は自分の竜を変身させずに水竜王の朱色の竜に乗っている。
雲を抜けて降下すると、紺碧の海が広がっていた。
「あの辺りの筈だが」
半透明のレースのようなヒレをなびかせて、朱色の鱗の水竜が、アサヒの黒い火竜の隣に並んだ。
水竜王ピンインは水面をにらむ。
彼が指さした先は渦潮のように水面が渦巻き、ぶくぶくと泡が立っていた。
「む。反応が上昇している。これはいったい……」
土竜王が渦をのぞきこんで難しい顔をした。
渦の中心から光が漏れる。
アサヒは海を見ながら胸騒ぎを覚えていた。
「ピンイン、竜を上昇させろ! ヤモリ、高度を上げるんだ!」
前置きなしに渦の中心から光が沸き上がり、空を貫く柱となる。
前もって警告の声を上げたアサヒのおかげで水竜王の竜は柱を避けて斜めに上昇していた。ヤモリもアサヒの意図を読んで、柱から遠ざかるように旋回する。
「なんなんだ、あれは……?!」
竜王達が息を飲んで見守る中で、渦の中心から無機質な鏡面のような壁を持つ、六角形の石の柱が徐々にせりだして海から生えてくる。水晶のように尖ったそれは竜の巨体より何十倍も大きく、雲を貫く高さとなってアサヒ達の前にそびえ立った。