表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
102/120

18 海底の底に潜むもの

 水竜王を振り切ったウェスぺは、どこまでも続く大海原の上にいた。

 果てのない紺碧の海を眺めてウェスぺは沈鬱な表情をする。

 過去の竜王の記憶を持つウェスぺには、海に重なって、かつての地上の景色が見えていた。

 

 遥かな昔、地上には人の営みがあった。

 今よりずっと多くの人々が暮らし、多様な文化が息づいていた。

 それらは海の底に沈み、泥の下で化石に変わろうとしている。


「私は取り戻すのだ。地上を人の手に……」


 深い蒼をたたえた海神の玉をかざしながら、竜に海に突入するように命じる。ウェスぺの相棒である金色の竜王は、長い胴をくねらせながら海に飛び込んだ。水しぶきは最小限の、優雅で効率的な突入だ。

 水竜王からくすねた海神の玉のおかげで、ウェスぺと従卒のルークは水の中でも息ができる。

 海は底に行くほど暗くなっていった。

 光竜王であるウェスぺは少しの違和感を覚える。

 この闇はなんだ?

 自分の知っている闇と同じようで違う、薄暗がりが迫ってくる。


 闇の底で巨大な何かがうごめいているのが、かすかに見えた。

 あれが目的の海竜王か。


「海竜王リヴァイアサンだな! 我が声を聞け! 私は……」



『……サンプルにない人類個体反応を確認。回収を試行します……』



 滑らかで無機質で、ぞっとするほど冷たい声が耳元で聞こえた。

 暗闇の底で光の波が起こる。

 光はよく見ると無数の文字で構成されていた。



『……rebooting. Have a nice the end of the world……』



 女性は更にウェスぺの知らない言葉で何か言った。

 もし、これを聞いたのがアサヒなら、地球の記憶から意味を推測できたかもしれない。

 しかし光の島で転生を繰り返していたウェスぺには、聞こえてきた言葉の意味は分からない。

 分からないが、相手が自分の考えていたものと違うことは、ウェスぺも気付いた。


「何だ……?」

『ウェスぺ、我が友よ。あれは竜ではない』


 ずっと沈黙を守っていた相棒が答える。


『あれは生物にあらず。意思あるものにあらず。光にも闇にも属さぬ、別の何か』


 黄金の竜は水面に向かって上昇しようとする。

 しかし、逃亡を遮るように、光の帯が黄金の竜へするすると伸びた。


「馬鹿な! 竜王たる我らが逃げきれぬと?!」

「ウェスぺ様!」

「下がっていろ、ルーク。強力な魔術を撃ち込んでやろうではないか」


 光竜王ウェスぺは、本来はどちらかというと非戦闘派の竜王である。戦いに使える魔術を知ってはいるが、炎竜王や風竜王ほど戦いの勘が秀でている訳ではない。アサヒなら敵の脅威に気付いて、もっと早く撤退していただろう。

 ウェスぺは精神を集中して、魔術の鍵詞じゅもんを唱えた。


「内なる大気エア、外なる暁闇アウロラ……神罰柱ルースピラー!!」


 海中に銀色の光の柱が落ちる。

 敵を問答無用で消滅させる、文字通りウェスぺの必殺技である。


「これでどうだ……!」

『……making antimatter……』


 海底で光の波が踊る。

 銀色の光は波にさらわれるように消え去り、海底から伸びる光の帯は、黄金の竜の身体に絡みつき、奈落の底へと引きこもうとした。

 ぶくぶくと無数の泡が海底から立ち上る。

 ウェスぺは自分が絶体絶命であることを、悟りつつあった。


「おのれっ……」

「駄目です、しゃがんで……!」


 竜の背中に光の触手が伸びる。

 咄嗟にルークはウェスぺを伏せさせて、自分がその上に被さった。


「ぐっ……」

「ルーク?!」

「言ったでしょう、ウェスぺ様。僕は地獄の底までお付き合いしますよ、って……」


 光の触手に触れた背中から、解けるようにルークの身体が薄くなっていく。


「ウェスぺ様が一生懸命なのは、僕が知っている……あなたは僕の王だ。ありがとう、ウェスぺ様……」


 最後まで、僕を、側においてくれて。


「ルーークーーッ!!」


 ウェスぺは従卒の身体が解けた光を必死で掴もうとする。

 その手が宙をきった。


「お前に、地上を見せてやろうと約束したのにっ! 誰も、見たことのない世界をお前に……」

『我が友よ!!』

「っつ!」


 奈落がすぐそこに迫っている。

 ウェスぺはギリギリと歯を食いしばって、海底をにらんだ。


「リヴァイアサン、いやもう何者か知らぬが、おそらく洪水と共に人類を食い荒らした災厄の魔物よ。貴様にルークの魂は渡さない! これは光竜王である私のもの!」


 竜王は転生を繰り返す。

 ゆえに目には見えない魂を扱う術を心得ている。

 銀色の光がウェスぺを中心に舞った。

 ウェスぺは神経を集中して、海底に沈んで魔物の口に入ろうとしているルークの魂を引き戻す。そして、手元の海神の玉にルークの魂を格納する。


「これで良い。アスラン、その名前をお前に返そう、我が相棒よ。竜の姿を解け。お前を空に逃がす」

『!! ウェスぺ、お前は』

「さあ時間が無い。行け!」


 黄金の竜の姿がみるみるうちに小さくなり、光の帯が竜の身体から離れる。拘束を解かれた黄金の蛇は水面に向かった。

 ウェスぺは海神の玉を胸に抱き締めると、最後の鍵詞じゅもんを唱える。


大封柱グランドシール……もう何も貴様に奪わせない」


 かつて他の竜王を封じた魔術を、ウェスぺは自分自身にかける。

 そうすることで海底の魔物に食われずに済むからだ。

 当然、自らを封じたウェスぺは海底で永遠の眠りにつくことになる。


 これも因果応報というものか。


 ゆっくり海底に沈んでいく感覚に身を任せながら、ウェスぺは自嘲する。

 誰も自分を助けに来ないだろう。

 他の竜王を敵に回してしまった、孤立無援のウェスぺには打つ手がない。

 助けは来ない。

 地上は海に飲み込まれたまま、人は大空を漂流し続ける。他の竜王はそれで良いと言うのなら、ウェスぺの努力は自己満足だったのだろう。

 すべては無駄だったのだ。





評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ