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10 静かな夜

 その夜、ハナビは枕を持ってアサヒの部屋を訪れた。

 セイランの家は広くて、ハナビとアサヒに別々の部屋を割り当ててもまだ客室が余っている。


「お泊まりお泊まりー」

「おいハナビ、女の子が男の部屋に泊まるのは」

「何か問題あるの?」


 きょとんとするハナビに、アサヒは盛大に溜め息をついた。


「もういいよ……」

「前は皆ひとつの部屋で寝てたじゃない」


 そうだった。

 狭いあばら屋の冷たい床で、男も女も関係なく孤児仲間と雑魚寝をしていたのだ。

 たった一年で恐ろしく環境が変わってしまった。

 元々裕福な家で生まれたアサヒは、前世の記憶もあって個室の柔らかい布団で寝るのに何も感じない。しかし貧しい家で生まれたハナビにとっては、個室や柔らかい寝具や服、一日二食以上の食べ物は贅沢過ぎて慣れないものらしい。

 寂しいのか、たまにこうやってアサヒの部屋の寝台に潜り込んでくる。


「もう少し経ったら、アサヒは王都に行っちゃうんだね……」


 学院では寮生活になる。さすがにそこまで付いていけないハナビはフォーシスに残ることになっていた。


「卒業したらフォーシスに戻ってくるよ」

「え? 竜騎士様になったら、アウリガと戦ったりして、もっと遠くに行っちゃうんじゃ」

「戦争に行って戦うなんて俺向きじゃないよ。何とか抜け道を見つけて街でできる仕事をするんだ」


 国のために戦う、出世する……どれもアサヒにとっては興味を持てない目標だった。のんびり本でも読んで毎日穏やかに過ごせたらどれだけ良いだろう。


「でも私はアサヒ兄に頑張って欲しいなあ。せっかく竜騎士になれるのに……アウリガをやっつけてピクシスを世界一にして欲しいよ」

「ハナビは欲張りだなあ」


 アサヒは寝台に身を投げ出して、壁際に転がった。

 空いた場所に枕を抱えたハナビが寝転ぶ。少女が布団を半分以上奪うのを、アサヒはそのまま見てみぬふりをした。

 すうすうと少女の寝息が聞こえてくるのに、耳を澄ませる。

 ただ過ぎ去っていく日常が愛しい。

 竜騎士になんてなりたくない。

 小さな幸せを握りしめて、ただ生きていければいいのに。


「……お前のせいだからな」


 就寝中は踏み潰されないように、ヤモリはアサヒの身体を離れている。壁を這うヤモリの背中をアサヒは指で軽く押した。

 ヤモリが振り返ってつぶらな瞳で見てくる。


「うっ……八つ当たりだよ。お前は悪くない」


 黒くて丸い瞳に見つめられて罪悪感にアサヒは降参した。

 諦めて目を閉じる。

 この時間が出来るだけ長く続いて欲しいと願いながら。






 数日後、アサヒはセイランやハナビに見送られて王都に旅立った。




次回から「学院編」がスタートします。

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