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01 井戸の底はきっと空に繋がっている

 井戸の底は空に繋がっている。

 少女は水面に映る空を覗き込みながら、そう考える。

 きっと飛び込んだら島の下まで、空まで突き抜けてしまうだろう。


「……ハナビ、水汲みにいつまでかけてるんだよ」


 遠くから自分を呼ぶ声が聞こえる。

 兄と慕う少年の声だ。


「すぐ済ませるから!」


 少年に向かって叫び返して、錆びて穴が空きそうなバケツに紐を絡めて、井戸の底に落とす。

 井戸の底の水面が歪むのを少女は残念に思った。

 





 ここは、空の上に浮かぶ島だ。






 世界は空に浮かぶ五つの島で成り立っている。


 一つはコローナ。

 伝統と歴史を尊び、光の竜が住まう島。


 二つ目はアウリガ。

 戦を好む血気盛んな人々が住まう群島。


 三つ目はリーブラ。

 飛行船を作る理性的な技術者達が住まう島。


 四つ目はアントリア。

 湖を中心とした平和を尊ぶ水の島。


 五つ目はピクシス。

 度重なる戦火に呑まれ滅びに瀕している島。


 物語の舞台はピクシスから始まる。


 天空に浮かぶ島々は、一つの島が一つの王国として機能している。

 そして空に浮かぶ島の行き来は、竜と飛行船によって行われていた。竜とは蜥蜴に似た身体と頑丈な鱗を持ち、鋼の翼で空を飛ぶ巨大な生き物である。飛行船は大きな風船を膨らませて機械によって進路を制御し、人の乗る籠をくっつけた乗り物だ。

 雨風に弱い飛行船は、荒れ狂うこともある天空を行き来するには物足りない代物だった。

 ゆえに大空を制覇する竜こそが人々の精神的な拠り所であり、竜を相棒に戦う竜騎士は選ばれし者として尊ばれる社会となっていた。


 5年程前、アウリガとコローナが「天覇同盟」という同盟を組み、五つの島の統一を目的とする宣戦布告をした。リーブラとアントリアはすぐさま対抗のため「均衡同盟」を立ち上げたが、ピクシスは出遅れた。

 五つ目の島であるピクシスがどちらの勢力に付くかが、二つの勢力の命運を分ける。

 ピクシスの王族は慎重な判断の上で均衡同盟に与することに決めた。

 しかし、いちはやく天覇同盟のアウリガが動き、竜騎士を派遣してピクシスに攻撃する。均衡同盟の動きは遅く、援軍が到着する前にピクシスは戦火に見舞われた。

 街は焼かれ、王族の半数が殺され、世継ぎの姫はアウリガにさらわれた。

 遅れて到着したアントリアの竜騎士達がアウリガの兵を追い払ったが、ピクシスは既に踏み荒らされ、弱体化していた。同盟国の救助のため、アントリアとリーブラは富をピクシスに投入し、竜騎士を派兵して弱体化したピクシスを守ることとなった。かくして天覇同盟の目論見通り、ピクシスの均衡同盟加盟はアントリアとリーブラの力を逆に削ぐことになったのである。






「……アサヒ兄、街で呼び止められなかった?」


 ようやく水汲みから戻ってきたハナビが、無邪気な丸い瞳でアサヒを見上げた。

 ハナビはアサヒと同じ戦災孤児で、アサヒが面倒を見ている少女だ。血の繋がりは無いが、アサヒのことを兄と呼んでくれている。

 

「なんで俺が呼び止められるんだよ」


 アサヒはきょとんとした。

 彼は黒髪に赤い瞳の、整った容姿の少年である。中性的な風貌で、女の子に間違えられそうな顔をしている。汚れた衣服の裾からのぞく手足は細い。


「竜紋を持ってる子供を探してるんだって」


 ハナビが水保管用の陶器のかめにバケツの水をそそぎながら言った。

 少女のバケツを持つ動作はあぶなかっしい。

 アサヒはさりげなくバケツを途中で奪って自分で作業する。


「竜紋? そんなの俺、持ってないし」

「アサヒ兄のそれ、竜紋じゃないの」


 少女が指さすアサヒの腕に、うっすら三日月のような黒っぽい痣が浮かんでいる。


「こんなの違うよ。だいたい本物の竜紋だったら、パートナーの竜が生まれた時に会いに来てくれて、ずっと側にいてくれるんだって」

「でも竜が中々来ないこともあるらしいよ」

「あー、そんなこともあるだろうけど、俺のはただ単に火傷の跡だよ。……あの時の戦火の」


 5年程前にアウリガの兵が攻めてきたことを思い出しながら、アサヒは答えた。

 竜が吐いた炎で街は焼け多くの人が死んだ。アサヒの両親も、ハナビの両親も、その時に亡くなったのだ。


「ちぇー。アサヒ兄が竜騎士なら、恰好良くていいんだけどなー」

「夢見すぎだって」

「いつか凄く強い竜騎士様が現れて、ピクシスを救ってくれるといいな」


 ハナビの楽天的な言葉に、アサヒは溜息をついた。

 彼はそんなに希望に満ちた観測は持っていなかった。


「……ピクシスは壊滅状態だよ。元から火山があって人が住む場所や産業が少ないのに、アウリガの侵攻で全部焼き払われたんだ。政治ができる王族も人材も残ってない。希望を持った人たちはアントリアに移住してしまうだろ。ピクシスは田舎の島になって寂れていくんじゃないか」

「せいじ? じんざい?」

「何でもないよ」


 この世界の十代前半の少年にしては小難しいことを言って、アサヒは少女の頭を撫でた。

 アサヒは普通では知ることの無い知識を持っている。

 それを知ったのも5年前の、あの戦火の中だった。

 あの戦火はアサヒから何もかもを奪って……役に立たない知識だけを残していったのだ。




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