表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
7/8

6章 満月の夜

 嘘でもいい。

 一瞬でもいい。

 死んでもいい。


 ハヤに愛してもらえるなら。


 嘘でもいい。

 一瞬でいい。

 死んでもいいの。


 その一瞬のために。

 その一瞬のためだけに。

 わたしは、何度でも。

 何度でも。


 こうすれば、みんなの願いが叶う。

 みんな、幸せになれる。

 だから、わたしは――。



★★★


「今、気が付いたんだが。犯人は母さん……いや、ネツなんじゃないのか?」


 ふと双樹がそんなセリフを洩らしたのは、夕ご飯とお風呂を済ませて、四人で双樹の部屋に集まったところで、だった。

 金曜日の夜。

 最期の夜。

 最後にするはずの、夜。

 沙羅が、ではない。夢を、最期にするのだ。

 そのつもりで、四人で集まった。木下と花恋には、沙羅たちの家に泊まってもらうことにしたのだ。満月が丁度金曜日で、翌日が休みだったのは幸いだった。そうでなければ、流石にすんなりお泊りとはいかなかっただろう。幼馴染である花恋が沙羅の家に泊まりに来るのは珍しいことではなかったし、木下も夏休みの間に何度か泊まりに来ていたので、割と簡単に話はまとまった。

 古賀山家の父は飲み会で朝まで帰ってこないとのことなので、今家にいるのは沙羅たちと母美智子の五人だ。

 木下以外は、全員が夢の関係者だった。

 エンを呪い殺したネツは、美智子の顔をしていたのだ。


 何の前置きもなく切り出した双樹を、沙羅はポカンと見つめた。麦茶のペットボトルのキャップに手をかけたままで。

 夢の内容を、思い返す。

 そして、気が付いた。

「ああ!? た、確かに!?」

 軽く叫ぶのと同時に、キュッとキャップを捻ると、双樹が頷いて先を続けた。

「ネツならば、動機と手段の両方を兼ね添えている。そもそも、エンを呪い殺した張本人なわけだしな。殺すだけでは飽き足らず、来世にまで続く呪いをかけたのだろう」

「エンとハヤがの二人が死体で発見された、ことが原因なのかも。ハヤが死んだことと、二人が心中、みたいだったのが許せなかったんじゃないかな。二人の知らせを聞いた後のネツ様は、ホラー映画に出れそうなくらいに怖かった。死んだ後でも、たとえ来世でも、ハヤと添い遂げることは許せないって言っていた。ライに、次こそはあなたがハヤと結ばれるのよ、とも言っていた。ライとネツ様は親戚同士だったから、自分と重ね合わせていたのかも」

 スナック菓子の袋を開けながら、花恋がやるせなく付け足した。瞳が揺らいでいる。

「で。どうするんだ? おばさんに、確認してみるのか?」

「沙羅。おまえは、どうしたい?」

 木下の問いを、双樹はそのまま沙羅に投げかけた。

 少し考えてから、沙羅は首を横に振った。

「ううん。いい。お母さんは、お母さんだもん。それに、お母さんの前世がネツさんで、ネツさんがエンに呪いをかけたせいでこうなってるんだとしても、だからって、お母さんに呪いを解いたりできるわけじゃないよね? ネツさんのときだって、ネツさんは命じただけで、実際に呪いをかけたのは雇われてた呪い師なんだし」

「それは、そうだが」

「お母さんが話したいなら、もちろん聞くけど。そうじゃないなら、無理にこっちから聞く必要もないかなって。そもそも、お母さんが夢を見てるのかも分かんないんだし」

「そう……か」

「大丈夫。双樹さえおかしな気にならなければ、それでいいんだから。……双樹。信じてるからね?」

「ああ。大丈夫だ。任せておけ」

 麦茶を注いだグラスを双樹に渡しながら沙羅が念を押すと、双樹は頷いてそれに答えた。初めて返ってきた双樹の揺るぎない答えに沙羅はホッとした笑みを浮かべ、ネツの話はそこでお終いとなった。



 その後は、持ち込んだお菓子を摘みながら、雑談に興じた。

 タイムリミットは、深夜零時。そのはずだった。

 沙羅が、夢から得た情報だ。

 目を閉じる直前に、壁にかけられた時計を見上げた子がいたのだ。

 夢は、しつこく続いていた。

 今朝も、“生まれ変わり編”の夢を見た。

 同じような、違うような、夢。

 今日で、最期になるはずの、夢。

 満月の夜を乗り越えて、生きて朝を迎えられることを、沙羅は確信していた。散々、不安にさせられたけれど、今は信じられる。

 それでも、夢から醒めた後は、いつも何か嫌な感じがした。

 胸の中がザラザラとして、スッキリしない。

 沙羅は自分の前世であるエンに、どうしても共感することが出来なかった。エンのことが、好きになれない。

 呪いをかけた張本人であるネツの方がまだ理解できる。ネツがしたことは、決して許されることではないが、その気持ちは沙羅にも理解できた。夫の心を奪った女の娘が、今度は息子を命まで奪っていったのだ。それは、恨みたくもなるだろう。

 ネツの気持ちも、ライの気持ちも、察することが出来るのに、エンの気持ちだけはよく分からない。

(嘘でもいいとか、一瞬でもいいとか、それだけでいいとか。聞いてて、イライラするっていうか、モヤモヤするっていうか。何か、エンの言ってることは、矛盾している気がする。……本当に、本当にこれで終わるのかな?)

 さっき花恋から聞いた話によれば、ハヤとライの生まれ変わりである双樹と花恋が恋人同士となったことで、ネツの願いは叶ったことになる。沙羅……は置いておいて、エンは恋に破れたことになるのだから、本当の意味でネツの思惑通りと言える。つまり、この時点で呪いは既に完成している。ハヤの生まれ変わりとの恋を成就できなかった沙羅が命を落とす必要はないはずだ。

 なのに。

(エンは、この結末をどう思うんだろう? ハヤとライを祝福する? それとも――)

 消えたはずの不安が、ジワジワと胸を侵食していく。


 広がりつつあった不安は、花恋の大胆な行動であっけなく消え失せた。

「双樹。もうすぐ十一時半になる。その時まで、あと三十分だね。ねえ、双樹の頭の中に、ちゃんと私はいる? そこにいるのは、私だけ?」

「か、かかかかかかか、花恋!?」

 隣に座っている双樹の腕に、ギュッと抱き着いたのだ。

 今日の花恋は、ピチッとしたTシャツにショートパンツというなかなか刺激的な格好だ。巨乳というほどではないが、十分なボリューム持つ胸。適度なむっちり感のある白い太もも。

 その魅惑の谷間に腕を挟まれる形になった双樹は、茹でだこになりながら、花恋の胸元と斜めに崩れた太ももに視線を落とした後、慌てて逸らして宙を彷徨わせる。

「ねえ、双樹。答えて?」

「も、もも、もちろん! か、花恋、花恋だけだ」

 重ねて問われて、双樹はどもりながらもなんとか答える。

(いや、花恋っていうよりも、頭の中、花恋のおっぱいで一杯なんじゃないの? ていうか、あんなことされたら、男子は誰だってそうなるんじゃ……。花恋、本気だ)

 見ているだけの沙羅でさえ、頭の中でクラッカーでも鳴らしたかのように、いろんなものが一気に吹き飛んだ。自分がされているわけでもないのに、ドキドキが止まらない。

 花恋はなおも、双樹の腕に自分の胸をぐりぐりというかムニムニと押し付けている。

(もしかして、時間すぎるまで、ずっと、ああやってるつもりなのかな。確かに、あれなら双樹もおっぱいのことしか考えられないだろうし、いい作戦だとは思うけど、見せつけられる方は軽く拷問なんだけど)

 クーラーは効いているはずなのに、暑くて、いや、熱くてたまらない。

 クールダウンしようと麦茶に手を伸ばしかけて、大事なことに気が付いた。

 この場には、木下もいたのだ。

 恐る恐る、左に首を回す。

 木下は、赤くなった顔を片手で抑え、肘をテーブルについたポーズで、プルプルしながらテーブルを見つめていた。

 面白くない。

 双樹にぐりぐりムニムニしている花恋の姿を凝視しているよりはいいかも知れないが、それでも、面白くない。

 花恋の真似をするつもりはないが、真似をしようにも出来ないという事実もまた、面白くない。

 そっと自分の胸を見下ろす。

 見晴らしがいい。

 刺激的な格好の花恋とは対照的に、沙羅の服装は、フリルのついた丸襟の半そでブラウスにミニスカートという可愛らしいものだが、胸のサイズも可愛らしかった。

 腕を挟むなんて到底無理だし、思い切り当ててみたところで気づいてもらえるのかどうかというレベルだ。

 やり場のない怒りがふつふつと湧き上がってくる。

 沙羅は頬を膨らませながら、木下の脇をつねった。


 大丈夫だと信じてはいても、きっと口から心臓が飛び出そうなほど緊張しながら迎えることになるのだろうなと予想してたその瞬間は、花恋の過激な行動のおかげで、気がついたら訪れていた。

 念のためにセットしておいた携帯のアラームが鳴り響いて、四人はビクリと身を竦ませる。皆の視線が沙羅に集中した。

 無意識の内に、沙羅は木下の腕を掴んでいた。その腕が、そっと沙羅の背中に伸びてくる。

 掴んだ腕の感触と、背中から伝わってくる熱。

 その二つに、縋るように意識のすべてを集中させる。


 一分。二分。三分。五分。


 息をつめて、時が過ぎるのを待つ。

 花恋の大胆行動の後は、あっという間に過ぎ去った時間が、今は永遠のように感じられる。

「…………十分、経ったな」

 指が白くなるほど携帯を握りしめていた双樹が、詰めていた息をゆっくりと吐く。

「変な感じがしたり、変な声が聞こえてきたりとかは、してないけど……」

「大丈夫だったってこと……か?」

「たぶん、そうなんじゃ、ないかな?」

 幾分、気を緩めながらも、まだ完全には緊張が解けない。

 零時を三十分ほど経過して、ようやく四人は体から力を抜いた。

「流石にもう、大丈夫だよな?」

「と、思う、けど」

「沙羅、よかった……」

 花恋が涙ぐむと、双樹は腕を伸ばして花恋の肩を抱き寄せた。花恋はそのまま双樹の胸に顔を埋める。

 沙羅が沙羅がと騒いでいたのが嘘のような二人のイチャつきぶりに苦笑を洩らしながら、沙羅はほーっと息をつく。

 身も心も完全に緩み切ったその時、心臓を内側から強く叩かれたような衝撃が走った。

 一瞬、息が詰まって、目の前が暗くなる。

 視界を取り戻した時には、夢の中の自分を俯瞰しているような、奇妙な感覚に包まれていた。自分の体なのに、自分の体ではないような。夢の中で勝手に動き回っている自分を、上から見下ろしているような、そんな感覚。

「ハヤ……どうして? 嘘でもいいのに。一瞬でもいいのに。それだけで、わたしは。それだけでいいのに。そうすれば、みんな、幸せになれるのに」

 自分の声なのに、自分のものではない声が遠くから聞こえてくる。普段の沙羅とは違う話し方。囁くような小さな声。声は、なぜか遠くから聞こえてくる。自分の声のはずなのに、遠くから。

 沙羅の体は、抱き合う双樹と花恋を、見つめていた。

「沙羅ちゃん?」

 木下の腕の温もりが、今は感じられない。

 エンの声が聞こえてくる。遠くから。

「やり直さないとやり直さないと嘘でもいいからハヤに想わるために一瞬のためにもう一度最初から何度でもやり直さないと……」

 木下の手を振り払い、沙羅の体はフラリと立ち上がる。

「もう一度始めないと」

 立ち上がった沙羅は、何処を見ているのか分からに瞳でひっそりと囁くと、立ち上がった時の危うさが嘘のような勢いでドアへと突進する。

「沙羅ちゃん!?」

「沙羅?」

「沙羅!」

 階段を駆け下りる沙羅を、三人は追いかけた。


 沙羅の向かった先は、キッチンだった。

 明かりを付け、そこにあるのを知っているかのように迷いのない仕草で、流しの下の収納スペースから包丁を取り出す。

(エン? 何するつもり、なの? もう一度始めるって、まさか……! ちょっと、止めてよ、エン! それは、わたしの体なんだから! 勝手なことしないで!)

 エンが何をするつもりなのか悟った沙羅は、必死で止めようとするのだが、体は思うようにならない。声にならない声を、張り上げるしかできない。

 手にした包丁を見つめる沙羅の体は、笑っていた。

 日陰に咲いた花のように、ひっそりと、儚く。

 切っ先が、喉元に向けられる。

(エン! お願い、止めて! エン!)

 何とか体のコントロールを取り戻そうと、何処だか分らない場所でもがく。

 沙羅の奮闘を余所に、沙羅の体はゆっくりと目を閉じていく。

「沙羅ちゃん!」

(木下君!)

 聞こえてきた声に、沙羅の体はほんの一瞬だけ、キッチンの入口へ目を向ける。その一瞬の隙に、木下は沙羅の元へと詰め寄るが、あと一歩というところで沙羅の体が包丁を構え直す。

「えーと、沙羅、ちゃん……いや、エンちゃんなのかな? 悪いんだけどさ、その体、持ち主に帰してあげてもらえないかな? その子は、オレの大事な子なんだよ。お願いだから、その子はオレたちに返して欲しい」

 エンに語り掛けながら、木下は包丁を取り上げる機会を窺う。

(木下君……!)

 甘い痺れが沙羅の中に満ちていく。

 その感覚がエンにも伝わったのか、包丁の切っ先が沙羅の喉元から少しだけ下がる。

 木下の手が伸びてくる。万が一が起こらないように、左手で切っ先を軽く包み込み、右手は包丁を握る沙羅の手の上に重ねる。

「頼むから、その子を連れて行かないでくれ」

 木下に怪我をさせないかハラハラしながらも、ただひたすら甘い痺れに包まれていた。真夜中に刃物を取り出すなんて危ない展開なのに、逃げ出さずに助けに来てくれたことが嬉しかった。

 木下に見つめられながら、沙羅の体は静かに涙を流した。

 誰が泣いているんだろう、と考えて直ぐに気が付いた。

 泣いているのは沙羅で、泣いているのはエンだった。

 この甘い痺れを、エンも知っているのだ。

 茂みの先でハヤと出会った時に、エンもこれを感じていたのだ。

 エンもそれを思い出しているのだろう。

 思い出して、泣いているのだ。

(そうか。わたしは。エン、わたしは、双樹じゃなくて木下君が好きなんだよ。だから、エンと一緒にはいけない。エン、わたしの体を、わたしに返して)

 自分の気持ちを自覚した沙羅は、ゆっくりと、はっきりと、自分の意思をエンに伝える。

 ブルブルと、体が震えだす。

「どうして……どうして……どうして…………。わたしは、ただ……。どうして……」

 うつろな瞳で、エンは壊れた機械のように、どうしてどうしてと繰り返す。

 どうして、望んだ“一瞬”を手に入れることが出来ないのか。

 どうして、沙羅は双樹ではなくて木下を選んだのか。

 それとも――。

 理由は分からない。

 理由は分からないけれど、もう少しで“取り戻せそう”なことは、分かった。

 もう少しで、沙羅は沙羅の体を取り戻せる。

 もう少しで、エンの支配が緩む。

 もう少しで。


「沙羅!」


 あともう少しで掴みかけたチャンスをぶち壊したのは、双樹の叫び声だった。

 押しとどめようとする花恋の腕を振り切って、双樹がこちらへ向かってくるのが見えた。

 沙羅の体は、双樹に向けて花が綻ぶような笑みを浮かべる。

「エン! 頼む! 俺の妹を返してくれ!」

(双樹の馬鹿っ! 一番それを言っちゃダメな人が、どうしてこの大事なところで)

 黒くて冷たい水が、体の中心から全身にサーッと広がっていくのが、沙羅にも感じられた。

 凍り付いた笑顔。一瞬で表情を失くした瞳。

 胸元まで下がっていた両手に再び力が込められる。

(ダメっ!)

 少しはコントロールを取り戻せているのか、木下が押さえてくれているからなのか、沙羅の手と包丁の切っ先が上下に揺れる。

「痛っ……!」

 木下の顔が歪み、切っ先を掴む指から血が流れているのが見える。くぐもった呻き声を洩らしながらも、木下は手を離さない。

(木下君……! エン、よくもっ……!)

 赤い光が爆発するように広がって、黒い水を押し流そうとする。

 揉み合っているすきに駆け寄った双樹が沙羅の手首を掴む。強く握りしめられて、次第に沙羅の手は痺れて力を失っていく。

 だが、最終的に沙羅をエンから取り戻したのは、美智子の悲痛な叫びだった。

「エン! 止めて! その子を、沙羅を連れて行かないで!」

 キッチンの入り口。花恋の隣で、双子の母美智子が蒼白な顔で、縋るように沙羅を見つめている。その胸元には、羽の首飾りが揺れていた。

「お母さん……」

 呆然と呟く自分の声を聞いて、沙羅は“戻ってきた”ことを実感した。

 美智子の声を聞いた途端に、エンは怯えるようにどこか奥の方へ逃げ込んでいった。

「沙羅ちゃん……。よかった、戻ってきたんだな」

「そうだ! 木下君、ごめんなさい! 手当、手当をしなきゃ! 救急箱! ううん、救急車!?」

 沙羅からそっと包丁を取り上げた木下の手が赤く染まっているのを見て、沙羅は動揺した。美智子のことも、羽の首飾りのことも、すっかり頭から吹き飛んでいる。

「い、いや!? 救急車は必要ないから! そこまでひどくないから大丈夫! 落ち着いて、沙羅ちゃん!」

「どれ、見せてみろ。ああ、見た目ほどひどくない。大丈夫だ、沙羅。安心しろ、ちゃんと俺が手当てしてやる」

「え? ええー? おまえが?」

 横から手を伸ばしてきて木下の怪我をざっと確認し、憮然と言い放つ双樹に木下が顔をしかめる。

「そうだよ。ここは、やっぱりわたしが……」

「いや、ダメだ。俺に任せろ。それに、そんなに動揺していては、上手く包帯も巻けないだろう?」

「いや、それでも、オレとしても出来れば、沙羅ちゃんの方が……」

「いや。俺がやる。……木下、助かった。感謝している」

「お、おう……」

 いつも通りのシスコンを発動させたのかと思っていたのだが、どうやらそれだけでもないならしい。珍しい双樹のデレに流され、結局、双樹が手当てをすることになった。

 どちらにせよ、木下の手当ては双樹に任せることになっただろう。

 キッチンの入り口では、美智子が泣き崩れていた。花恋が寄り添って、宥めるようにその背中を撫でている。

 木下と双樹の目配せに頷くと、沙羅は母の元へと向かった。

 自分は大丈夫だと伝えるために。



 傷の手当てが済んで、美智子が少し落ち着いたところで、五人はリビングへと移動した。

 花恋が用意してくれた麦茶を飲んで、一息ついたところで、美智子は首にかけていた羽の首飾りを外してテーブルに置く。

「みんなが聞きたいことは、分かっています。私は、ネツの生まれ変わり。この呪いの連鎖を生み出した、ネツの生まれ変わり。……黙っていて、ごめんね」

「う、ううん。その、だって、お母さんは、お母さんなんだよね?」

 美智子はエンに向かって、「沙羅を連れて行かないで」と叫んでいた。あれは、ネツではなく、美智子に本心、のはずだ。

「もちろん! もちろんよ! ……ネツは、確かにエンのことを恨んでいた。最初はただ、夫を奪った女と生き写しだったエンを疎ましく思っていただけだった。でも、ハヤとエンが密かに想いあっていると気付いてからは、激しく憎むようになった。ハヤとライが結婚する前に、間違いが起きたりしないように…………エンを傷ものにしようとした。結局、それが原因でハヤとエンは駆け落ちしたのだけれど。……そのことに気が付いたネツは、ハヤを取り戻すために、呪い師を使ってエンの命を奪うことにしたの。母親の形見と偽って、エンに渡してあった羽飾りを媒介にして。なかなか、用意周到な女だったみたいね、ネツは」

 フッと自虐的な笑みを浮かべて、美智子はテーブルに置いた羽の首飾りを見つめた。

 何と声をかけていいのか分からず、沙羅たちもつられたように羽の首飾りへ視線を移す。

 雑貨屋で、普通に売っていそうな首飾り。呪いのアイテムには見えないが、なぜこれを美智子が首に下げていたのかは気になった。疑問に思いながらも、沙羅たちは黙って美智子の話の続きを待つ。

 質問は、話がすべて終わってからにしようと思った。

「ハヤがエンの跡を追ったことを知って、許さないって、ネツは思った。たとえ、死んだ後でも、二人が添い遂げることは許さないって。だから、呪い師に命じたの。何度、生まれ変わっても、決して二人が結ばれることがないようにしろって。その結果が、これっていうわけ。…………ごめん、ごめんね。沙羅……」

「ううん。それは、お母さんのせいじゃないよ。呪いをかけろって命じたのは、ネツさんであって、お母さんじゃない」

 静かに涙を零す母に、沙羅は頭を振って答えた。

「それで、その、テーブルの上の羽は、何なんだ? 一体、何のために?」

 双樹に問われて、美智子は涙を拭った。

「……自己満足、かしら? ハヤとエンはいつも、兄妹として生まれてきた。ライは二人の幼馴染で、そして、私は二人の母親として。ネツにとっては、エンは憎い敵かも知れないけれど、私にとっては、二人とも私が生んで育てた大事な子供たちよ。何とか、呪いが解けないかと、お祓いをしたり宗教に頼ったり、いろいろしてきたけれど、どれも効果がなかった。それでも、祈り続ければいつか呪いが解けないかと思って。呪いが始まったのと同じ、羽の首飾りに祈りを捧げ続ければ、いつか呪いが解けないかと、そう願って。今までずっと、羽を探して首飾りを作って、祈り続けてきた。夢で前世のことを知ってから、死ぬまでの間、ずっと。何度も、それを繰り返してきた」

「え? これ、お母さんの手作りなの? なんか、売り物っぽいけど」

 わざとなのか天然なのか、話の腰を折る沙羅の緊張感のない質問に、美智子は一瞬固まった後、気まずそうに答える。

「…………今回は、どうしても羽が見つからなくて、ネット通販で買いました」

「あー……。どうりで」

「ま、まあ、でも。今回、沙羅ちゃんが呪いで命を落とさずに済んだのは、お祈りの効果が出てきたからってことじゃないですかね?」

 深刻な話をしていた時とは違った意味で、居心地が悪そうにしている美智子を気遣って、木下が助け舟を出す。けれど、美智子は顔を曇らせた。

「そう……だと、いいんだけど。お祈りのせいかは分からないけれど、少しは呪いが薄まってきてはいるの。最初は、エンとハヤと同じ運命を繰り返すだけだったのだけれど、いつからか、ハヤはエンの生まれ変わり以外の女の子を好きになるようになった。相手は、ライの生まれ変わりのときもあれば、関係ない他の女の子だったりもした。……でも、結局、私の娘は命を落とした。ハヤに選ばれなかったことに絶望して、自ら命を絶ったの」

 先ほどの出来事を思い出して、全員、押し黙る。

「なあ、沙羅。その、エンは、どうなったんだ?」

「うん。まだ、いるよ。エンはネツさんを恐れてたみたいだから、お母さんがいれば出てこないと思う。さっきも、お母さんの声を聞いて逃げ出したっぽかった。でも、次の満月には、また出てくる、かも」

 沙羅の言葉に、美智子は複雑そうな顔をした。

「しっかし、その呪い師って、意地の悪い奴だよな。二人が結ばれないようにするなら、出会わせないようにすればいいわけじゃん? それを、毎回、兄妹として生まれ変わらせてるんだろ? それだって、放っておけば普通は結ばれないのにさあ。わざわざ、夢で前世を思い出させて、前世通りの結末を辿らせるとか、底意地の悪さしか感じられないんだけど」

「言われてみれば、それもそうだな。まるで、呪い師本人にエン……というか俺たち四人に何か恨みでもあるような感じがするな。一体、どういう意図があるんだ?」

「それが分かれば、沙羅は助かるの?」

「分からん」

 再び、沈黙が落ちる。

「……兎に角、今はエンちゃんをどうにかするしかないんじゃないのか? 夢に出てくるだけじゃなくて、現実に沙羅ちゃんの体を操るとか、洒落になってないし。ずっと、おばさんについていてもらうってわけにもいかないだろうしな」

「うん……そう。そう……なんだよね」

 じーっと花飾りを見つめながら、沙羅は腕組みをして首を傾げた。

「ねえ。この呪いをかけたのは、本当にネツさんの雇った呪い師なのかな?」

「え?」

 全員の視線が、沙羅に集中した。

「いや、だが、他に、誰が……?」

「うーん。呪い師の人も、プロとして自分の仕事をちゃんとしたのかもしれないけれど。でも、この呪いの本質って、似てる気がするんだよね。呪いが始まったのは、呪い師のせいかもしれないけど、でも、呪いの方向性を決めたのは、きっと……。そうだよ、だって、あの子だって呪い師だった。あの子の、最期の願いが……」

 沙羅は注目されていることには気が付かないまま、腕組みをした腕を人差し指でトントンとリズムカルに叩く。後半は、ほとんど独り言のようだった。

 リズムを刻んでいた指を止めると、沙羅は立ち上がってテーブルの上の羽飾りを手に取り、一人頷いた。

「うん。やっぱり、あの子を何とかしないとダメなんだよ。こんなんじゃ、誰も幸せになれないって、あの子にちゃんと分からせないと、きっとこれは終わらない」


 呆気に取られているみんなを余所に、沙羅はリビングの奥のカーテンへと向かう。

 両手を使って思い切りよくカーテンを全開にすると、庭の木立の向こうには、図ったかのように満月が照り輝いていた。

 その光に羽飾りを翳す。

「エン。出てきなよ。本当は全部、あなたのせいなんでしょ? これは、あなたの望んだことなんでしょ? でも、あなたの本当の願いじゃない。だから、何度も、何度でも同じことを繰り返す。だって、満足してないから」

 羽飾り越しに月光が降り注いでくる。

 羽飾りと満月に向かって、沙羅は静かに強く問いを放つ。


「エン。あなたの本当の願いは何?」




評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ