0章 少女の見た夢
それは、満月の夜だった。
少女は夜更けに、少年の部屋を訪れた。戸惑う少年を気にすることなく、勝手知ったる部屋に入り込み、勝手にベッドの脇のカーテンを開ける。
窓の外では丁度、雲間から満月が顔を出したところだった。
あまり風は強くないらしく、雲はゆっくりと遠のいていく。
しばらくは、月明かりが遮られることはなさそうだった。
そのことに、満足する。
だが、蛍光灯の光の方が強すぎて、見上げることは出来ても、月の光に包まれる気分を味わうことは出来ない。
電気、消そう。
そう思った途端、心臓が強く飛び跳ねた。
息苦しさに耐え切れず、そのままベッドに倒れ込む。
黙って少女の好きにさせていた少年が、慌てて駆け寄って、少女を抱き起こした。
少女は少年の腕の中で、幸せそうに微笑んだ。
きっと、自分は、少年に看取られて永遠の眠りにつくのだ。
自らの命の灯が消え行こうとしていることを悟って、少女の胸は喜びに打ち震えていた。
なぜなら。
それは、少年が少女を心から愛しているという証だからだ。
怪我したわけでも、病気になったわけでもない。
ただ、少年の愛と引き換えに、少女は命を捧げるのだ。
少年が少女を愛せば、少女は命を落とす。
そういうことになっているのだと、少女は知っていた。
夢がそれを教えてくれたから。
少年は、少女に愛の言葉を告げたりはしていない。
それでも、少年が少女を思うその心があれば、それだけで、少女は命を落とす。
言葉は必要ない。
少年が少女を愛している。
その事実だけで。
その事実こそが。
少女の命を奪う引き金であり、弾丸だった。
だから。
少女は少年からの愛の言葉を耳にしたわけではなかった。
それだけが。
それだけは、心残りだった。
でも。
それでも。
少女は幸せだった。
自分の命が消えゆくことに、幸せを感じていた。
死ぬのは怖い。
でも。
それよりも。
生き残る方が怖かった。
生き残るということは。
命を落とさずに済むということは。
少年が少女を愛してないということの、証明に他ならないから。
少女は少年を愛していた。
血を分けた兄である少年を、少女は愛していた。
兄としてではなく、一人の男として。
愛していた。
血を分けた妹である少女を、少年は愛していた。
妹としてではなく、一人の女として。
愛していた。
離れて暮らしていたわけではない。
兄妹として、ずっと一緒に育ってきた。
でも。
それでも。
二人は。
何度、生まれ変わっても、少女は必ず命を落とした。
そうなることで、みんなが幸せになれるのだと、夢の中で少女は信じた。
ああ。
でも。
出来るなら。
本当は。
本当は—————————。
少女の祈りが言葉になる前に。
祈りは霧散していった。
光の中へ、かも知れないし。
闇の中へ、かも知れなかった。
でも、これは、誰の祈りなのかな?
鼓動が止まるその直前。
満月を見上げながら、少女はふと、そんなことを思った。




