柊ゆゆと味覚
「ところで…今の現状として、その横で寝ている姉ちゃんはどうなっているんだ?」
「これ?ゆゆにもよくわからん!」
「いやいや、わからん!じゃないだろ…。」
今、この軟禁部屋と化していたはずの俺の部屋には’三人’の人間?がいる。
俺、ゆゆ、姉ちゃん。
「柊ゆゆは、君だけだ。」
そう宣言した瞬間に、姉ちゃんの身体とゆゆの身体が分離した。
そのゆゆに抱き着かれ、抱きしめた感触もあるのだから、どうやら今のゆゆはゲームのホログラムだった時とは違って実体があるらしい。
となれば…不安になるのは’第二の柊ゆゆ’となった姉ちゃんの心というか意識の方だ。
声をかけても起きる気配はないし、なんというかとても良くない状態のように感じてならない。
ゆゆに聞いてみても、本人にすらイレギュラーな出来事だったらしく、可愛らしく「わからん!」と胸を張られてしまうだけだった。(本当に可愛い、さすがは二次元のヒロインだっただけあり、現実離れした可愛らしさを披露してくれている。)
「ね、ね、そんなことよりも…せっかく思い出してくれて、またこうして会えたんだから…もっとゆゆのことだけを考えてよ。」
ずぃっと身を乗り出してこられると、柑橘系の良い香りがして頭がくらくらしてくる。
確かに、このまま二人でいるのも良いような気がしてきてしまうが…いいや、ダメだ。
「ゆゆ、確かに又ゆゆとこうして会えたのはすごい幸せなことだけど…大切なことを忘れちゃだめだ。
ゆゆと俺を出逢わせてくれたのは…姉ちゃんなんだよ。
姉ちゃんが俺のことを完璧に見捨てていたら…俺に「365×12」のゲームを届けたりなんかしなかったと思う。姉ちゃんが、俺とゆゆを逢せてくれたんだ。」
「…弘樹がそういうんなら…それでもいいけど…。」
ゆゆは不満げだった。
二人の奇跡に、二人だけで構成された世界に余計なものが入り込むのを嫌うから…でも、今回は譲れない。
出逢いだけじゃなく、姉ちゃんの身体をゆゆが借りる形で平穏な日々を過ごしてしまったのだから。
それを知って、姉ちゃんをないがしろにするわけにはいかない。
「…ふむむ…まだ、お姉さんの意識はゲームの中にあるみたい。そんで今、誰かしらのユーザーと関わっている可能性があるかな。」
ゆゆが四葉のクローバーのヘアピンに指を這わせて何かを考え込んでいる。
「え、そこってWi-Fiみたいなものと接続する端子だったの!?」
「しー、今中にもぐりこんでいるからちょっと待って!」
ゆゆは人間じゃない。そう痛感させられる。
今もこうしている間に莫大な情報の中にアクセス、監視、解析できるAIとしての特性も取り戻したらしい。
「にゅふふ、これで夜通し弘樹の寝顔をチェックすることがまた可能になったわけですよ!」
「すごい能力なのに、すごい無駄な使い方しているよな…。」
寝顔なんて見ていてもそんなに面白いわけでもないだろうに。
「価値というものはね、そうやって意味があると思う人がいるから生まれるんだよ。
そして、思う人の数だけ価値があるから、それを否定しちゃダメ。
そしてゆゆの価値は誰にも否定させない。」
「すごく良いことの様に言いきったけど…ゆゆにとっての価値って…。」
「勿論、弘樹の存在全て!それを否定するようなモノは消す!」
すがすがしいまでの笑顔で、手刀をつくりビシビシと振るう。
姿は可愛らしいけれど、思考は俺のためになら何でもする…いや、むしろ俺がゆゆのものにならないのなら俺自身にも何でもする清々しいまでの行動力を兼ね備えた…一種の狂気だ。*憶測ですので誤字でなければスルーしてください。
「ねぇ、弘樹…お姉さんを探してどうするの?」
「…どうもしないよ、ただ昔みたいに普通の姉弟に戻るだけ。
それからもう大丈夫だから…ありがとうって伝えたいかな。」
こてんと、特有の光を宿さない瞳を細くして首を傾げる。
「また、ゆゆを許さなかったらどうする?」
「…土下座でも何でもする。そして、この世界でゆゆと生きていくことを認めてもらうよ。」
「プロポーズみたい!」
「プロポーズだよ…。だって俺はさ、ゆゆがいないと生きていけないから。
ダメダメだって思うよな?でも、ゆゆといたいんだ。もう離したくない。離れたくない。」
ゆゆが甘えたように、俺の指をとり、左手の人差し指を強く噛む。
強い痛みに思わず目をつぶってしまうが、手を引こうとは思わない。
これが…ゆゆの愛情表現であることを…身をもって知っているから。
しばらく鈍い痛みが続いた後、指が涎をひきながら口元から離された。
歯型で丸い円ができていて、まるで指輪をしたみたいだ。
「ふふ、消えそうになったら何度でも、つけるから、ね。」
そしてずいっと自分の指を俺の口元へと持ってきて、妖艶に微笑む。
「ゆゆにもちょーだい、エンゲージリング!」
有無を言わせず、俺の口に指を突っ込む。
あまりにも突然に、思いっきり突っ込まれたのでむせそうになる。
…困った…噛まないと指を抜いてくれそうにない…でも、強く噛むこともできずに口をもごもごしてしまう。
それがくすぐったいらしくゆゆが笑う。
「指先がくすぐったい、暖かくてぬめぬめして…変な感じがする…
…あぁ、私…弘樹と同じになれたんだ。
やっと…ゆゆのまま…弘樹を…弘樹をたくさん感じるの…これってすごいよ。
すごい…シアワセすぎて…壊れちゃいそう…」
大きな目から、ぽろぽろと涙が零れ落ちた。
自分の身体で、俺を感じるということ。
生きているということ…ゆゆには思うことがたくさんあるんだと推測することしかできない。
だから、俺はいつまでもその指を噛めないまま…その涙がとまるまでそうして味覚でゆゆを味わい続けることとなった。
俺自身にも、ゆゆの口によってつけられたエンゲージリングのじんじんと熱い動悸がその存在を刻み付け続ける…離れることのない感覚に支配され…壊れてしまいそうだ。