軟禁されたやんでれさん
何も気にしないでいいんだよ。
お姉ちゃんのことは、俺が一番よくわかっていて、俺が世界で一番幸せにできるんだから。
だから、お姉ちゃんはここでずっと眠っていていいんだ。
俺にだけ見せる無邪気な寝顔でずっと、ずっとここにいればいいんだ。
誰にも俺の知らないお姉ちゃんを見せたりなんかしないで。
俺の前で、俺だけのために笑っていて。
それが、俺にとって一番の………。
柔らかな日差しに瞼を押されて、目が覚めた。
一体ゆゆはどうしてしまっていたんだっけ?
頭がぼーっとしてうまくまわらない。何かがあって、ナニかがあったんだ。
ここは…弘樹の部屋だ。ディスプレイ越しにいつも見ていた頃から変わらないちょっと殺風景な部屋。
ゆゆにとってはとても落ち着く場所…。
時計に目をやると、12時を過ぎていた。
あれ?これは不味いんじゃないだろうか。
ゆゆとしての部分ではなく、金野弘美としての新社会人としての部分が危険信号を察知した。
12時と言ったら、みんながお昼に出ているから新入社員の私は、机を前に電話番をしていなくてはならない時間だ。
「…会社に電話しなきゃ…。」
社会人として、当然のことなのだ。大学生の頃とは違って、無断欠勤や遅刻など許されるわけがない。
スマホを取り出そうとするが、あたりにそれらしきものが見当たらない。
「姉ちゃん、どうして?どうしてそんなに会社にこだわるの?」
弘樹の声が背後から聞こえてきた。ゆゆが弘樹に気が付かないなんてこと今までなかったのに、自分でも予想しなかったことに驚きが隠せなかった。
「ひ、弘樹?ごめんね、お姉ちゃんちょっと寝ぼけて失敗しちゃったみたい。スマホ知らないかな?会社に連絡しないといけないんだけ…」
「…なんでこの状態でも会社の心配をするの?姉ちゃんは今、俺に閉じ込められているんだよ?他にもっと心配すること、いうことあるだろ!?」
声から弘樹の苛立ちが伝わってきた…ゆゆは弘樹と幸せになるために我慢して、社会人になる道を選んだというのに…それが弘樹にとって不満へと変化していたことに気が付けていなかった。
「弘樹…心配しなくても私の一番は弘樹でしかないんだよ?こんなことしなくても私はずっと弘樹のそばにいるよ。」
この方法は、私がとった方法。
世界からの隔離。
まさか…自分が逆に閉じ込められるなんて考えたこともなかった。
「姉ちゃんは気が付いていないんだろうけど、社会人になってから、姉ちゃん…俺の知らない顔たくさんしてる。俺の知らない世界を体験して、俺なんかじゃ相談相手にもならなくて、もともと俺なんて姉ちゃんに助けてもらってばかりで…このままじゃ、姉ちゃんはどんどん俺から遠くなる。
そんなの我慢できない。そんなの許せない。
相沢さんのことだってそうだ…姉ちゃんは俺の姉ちゃんなのに、急にあんなに姉ちゃんに親しげに関わってまねして、俺の方が姉ちゃんのこと知っているのに…なんで?
ねぇ、姉ちゃんなんでなの?
どうして俺以外にあんなに優しくするの?
どうして俺以外に笑いかけるの?
どうして俺をおいていくの?」
光のない瞳が私を見つめていた。
…知らぬ間に私が弘樹をこんな方法をとってしまうほどに追い詰めていた。
……知らぬ間に弘樹は、私をこうまでしても自分だけのものにしておきたいと思うようになっていた。
………弘樹は覚えていないだろうけれど、無意識に柊ゆゆの愛情の形を肯定した。
なんということだろう、なんてなんて幸せなことだろう。
弘樹に依存しきって生きてきた、弘樹しか存在価値のなかった私に弘樹が依存しきっている。
病むほどに依存している。
そして行き場のない感情を、暴走させてしまっている。
あぁ、可愛い、可愛くて可愛くて…どこまでもいとおしくてたまらない私の弘樹。
「…なんで、笑っているの?姉ちゃん…自分がどういう立場にいるか分からないの?」
「弘樹、私はね、弘樹の気持ちが嬉しいから…嬉しくて仕方がないから笑っているんだよ。」
「…違う、姉ちゃんは怒っているはずなんだ。嬉しいはずがない。無理やり閉じ込められて、おかしくなっているだけなんだ。俺は怒られて当然のことをしているんだから。」
弘樹は罰せられることを望んでいる。
でも、私に弘樹を罰することはできない。
これは私が弘樹に長い時間をかけて教え込んだ、愛情表現の一つの形なんだから。
「…姉ちゃん、怒らないんだね。いいよ、時間はたくさんあるから…。このことの意味をじっくりと考えてみればいいよ。俺はずっと姉ちゃんについているから…。
姉ちゃんが俺を置いていかないようにずっとずっと離さないから。」
弘樹の言葉はすべてが私への愛の告白のように感じた。
壊れていたの。
はじめから壊れていた私の愛が伝染して、また壊れた愛をはぐくんでいくの。
でも、お互いがシアワセならそれは本当の愛と言えると思わない?
これから私は、どんな風に弘樹から束縛され愛されていくんだろうと思うと…自然と笑顔がこぼれてとめられなかった。




