変化
最近、姉ちゃんが変わったような気がする。
うまくいえないけれども、その前…俺がひきこもる前から、俺に手を差し伸べてくれた時までの姉ちゃんもだいぶ変化はあったけれど、またそこから変化があったように感じる。
特に俺が高校に復学してからは、毎日べったりだったのが、この春、新社会人となったこともあってか適度に距離があくようになった。
いつも隣にいて、当たり前のように安心させてくれていた人がいないというのは怖くもあったが、代わりとばかりに今は相沢さんが登下校の多くをともにしている。
春はいろんなものが変わっていく。
変わりたくなくても否応なしに、俺の意見なんて聞いてくれない。
だから春は苦手なんだ。
自分だけが変化からいつもおいていかれてしまう。
気が付くとスマホを見る回数が増えていた。
もしかしたら、姉ちゃんから「一緒に帰ろう」とかメッセージが入っているんじゃないかと期待して日に何度も見てしまう。…社会人がそんなに頻繁にスマホでメッセージを打てるはずなんてないのに、バカだなーと自分でも呆れながらも、五分もたたないうちに手はスマホへとのびる。
「姉ちゃん…今頃なにしてんだろうな。」
いつもならこの時間帯にはメッセージの一つくらい入っていたのにここ数日それがない。
バイトすら続かずに辞めてしまった俺からは、一般的な社会人がどんな仕事をしているのかなんて想像もできない。
でも、姉は特別な人間だったから…きっとそつなくこなしているんだろうなと思うと何とも言えない気分になる。姉の成功は嬉しいけれど…あまり俺の手の届かないところに…これ以上いってほしくなかった。
分かっているのだ。姉ちゃんは俺を独りぼっちになんてしないってことを。
それを一番よく知っていて、それに依存しきっていたからこそ…姉ちゃんの急激な変化に心が付いていかない。
当たり前に姉ちゃんはカウンセラーになるために大学院に行くのだと思っていた。
そうしたら、あと最低でも二年は同じ大学に通う。俺は、進学も就職も難しいかもしれないけれど…なにかしらの方向を決めて、でもどんな時も姉ちゃんはそばで一番に相談に乗ってくれて、笑ってくれて、怒ってくれて…勝手に抱いていたそんな未来がどんどん知らない方向へずれていく。
「弘樹君、今日も一緒に図書館で勉強しない?」
「相沢さん…そうだね。勉強しておいた方がいいよね。」
「…弘樹君が勉強頑張っていたら、お姉さんすごく喜ぶと思うよ。…そして、そうなるように促した私のことをきっとお姉さんはすごいって認めてくれる………だから、ね、一緒に勉強頑張って、お姉さんと同じ大学に行こうよ!!」
途中なにかごにょごにょとひっかかったような部分が聞き取れなかったけれど、相沢さんはやる気に満ち溢れていた。
姉ちゃんと同じ大学…姉ちゃんがいるんならもっとやる気になったんだろうなと思うと、やはり姉ちゃんが選んだ就職という道が許せなくなってくる。
「…俺って小さいな…。」
大切で、大好きな世界で一人の姉ちゃんの選んだ道を応援してあげられないなんて。
「違うと思うよ。私や弘樹君が小さいんじゃなくて、お姉さんが偉大なの。だからこそ、私たちはお姉さんみたいにならなくちゃいけないんだよ!」
正直、相沢さんの変化も怖かった。
彼女はどんどん姉ちゃんみたいになっていく。
明るく、前向きに、未来を突き進んでいく。
はじめはどちらかというと俺に近い考え方をしていたように感じていたのだけど、今ではまるで違う人と話しをしているみたいだった。
かといって勉強をしないという道もない。
出席日数もぎりぎりで、かろうじて姉ちゃんが勉強をみていてくれたからなんとか今は付いていけるようになったけれど、このままでは姉ちゃんと同じ大学はおろか進級、進学にも関わることになりかねない。
今は、姉ちゃんも疲れていて、俺の勉強に付き合ってほしいとは言いにくいから、正直相沢さんが教えながら一緒にやってくれるのは大助かりだった。
「いつもありがとう、相沢さん。」
「何言っているの?それより今度お仕事しているお姉さんの姿を見てみたいね!きっととっても素敵!バリバリ働いているんだろうなー!」
「…そう、だね。」
反射的にスマホを見てしまうけれど、やはりメッセージはなかった。
そうなんだろう。きっと大人たちの中でバリバリ働いている…俺の知らない姉ちゃんがいるんだ。
それは当たり前のことなのに、胸の中が重く、熱くなるのを不愉快に感じた。
この世界に、俺の知らない姉ちゃんがいる。
母親と離れることを不安がって泣く子ども…分離不安っていうんだって昔姉ちゃんが言っていたな。
自分と母親が別の個体であることに気が付く。
俺と姉ちゃんは一つの個体じゃない。
…当たり前のことなのに、そんなの分かり切っていたことなのに…。
なんでだろう、それにいざ直面したことがすごく、我慢できないくらいに辛く苦しくておかしくなりそうだ。
耐えきれない不安を拭い去るように、俺は手にしたスマホを強く、強く…爪の色が変わるくらいに強く握りしめていた。
俺は、ただただ…変わっていくことを強く拒絶している。




