お姉ちゃん
私には三歳歳の離れた弟がいる。
姉弟仲は悪くはなかったはずだった…少なくともあの子が中学生に上がるくらいまでは、一緒に買い物に行ったりゲームの相手をしたりしていた。
どちらかというとおっとりとしていて…あまり外で遊ぶタイプではなく、マンガを読んでいたのを思い出す。
弟が内向的に…家からあまりでなくなったのは中学生になってからだ。私はそのときには高校にあがってしまって、自分のことで精一杯で…いや、高校という青春を満喫していたためあまり弟の変化に気がついてやることができなかった。
弟が部屋からでなくなったのは、さらに弟が高校にあがってからのことだった。
アルバイトを始めたり、部活を始めたりしていたのに、急になにもかもを辞めて部屋に閉じ籠って…私を含め両親とすらあまり会話をしなくなってしまった。
気がついたときには、そんな…手をつけることのできない状態にまで関係が悪化してしまっていて…私は正直とても焦った。
一人しかいない大切な弟が困っていたことに気がつけないなんて…お姉ちゃんとして失格だと思った。
弟を知ろうとした。
でも、弟がそれを拒んだ。
他人を見るような目で
「入ってくるなよ」
そう言われた時に、私はなにをいっていいのかわからず……大人気なく怒ってしまった。
みんなに心配かけて、なにしてんのよ?そんな風にただ感情に任せて、怒鳴り付けてしまった…弟はなにも言い返さなかった。
ただ…なにを見ているのか分からない目で、こちらを見ていた。
弟は自分のしていることについてしっかり理解していたのだと思う。私なんかが簡単に指摘する意味はなかったのだ。
それ以来…弟は食事にも出てこなくなった。
たまに、通りすぎるだけの…他人のようになってしまった。
私は、弟と話をしたかった。
なにも贅沢は言わないから…また、弟と姉弟として過ごしていたかった。
「ねー、弘美365×12って知ってる?」
「ううん、なにそれ?新しいアイドルグループかなにか?」
「違う、違う、今凄い話題になってるゲーム。なんだっけかな、365日を12人の女の子と過ごすみたいなゲームなんだけど・・・」
「あー・・・うん、ごめん私そういうのは・・・」
私はいわゆるギャルゲーと呼ばれるものを毛嫌いしていた。いや、もっと言えば、ゲーム自体弘樹とやっていただけで、弘樹が夢中になっているものに対して良くないイメージをもっていた。
PCやゲーム機は苦手だ。
「最後まで聞きなって、なんかそのゲームをやった人たちが社会復帰してるんだって!」
「えっ??」
「ニュース見てみなよ、まとめサイトとかでも凄いから!」
意味がわからなかった。そのゲームたちが弟たちを部屋の中に閉じ込めているんじゃないの?
友人が見せてくれたタブレットの画面を覗き込んでみた。
そこには、信じられない文字が浮かんでいた。
ーゲームの新たな効果、政府が期待ー
ーバーチャル世界の可能性ー
ー女性バージョンの作成も視野にー
「・・・ねぇ、これってどこで買えるの?」
「弘美?どうしたの…そんなに真剣な顔して」
「いいから、これ、どこで買えるのか教えて!」
「ひ、弘美?…このゲーム…今は人気がありすぎて、なんか混乱とかを避けるために役場で順番待ちとかしなくちゃいけない…って弘美!?」
「役場…ね。」
弟を…助けなくちゃならない。
「待って、弘美どこ行くの!?次の講義始まるよ!」
そんなの待ってられない。これ以上、弟を一人になんかできないんだから。
私は、友人が止めるのも聞かずに、役場へとむかった。
選挙でもこんなに人がきたらいいのに…私は、その列を見てそんな感想をもっていた。まるでデパートの特売のようだった。男の人しかいないかと思いきや、なかには明らかに母親といった雰囲気の女性も見られた。
自分の子どもをゲームに助けてもらおうと思うなんて。
私は、苦虫を噛み締めたような気分になったが、すぐに自分がしていることも同じだったことを思い出して苦笑いをした。
みんな…なんとしても取り戻したいんだ…大切な人との絆を。
「弘樹…お姉ちゃんが必ず、助けてあげるから。一人じゃないんだからね…。」
列がだんだんと進んでいき、私は促されるまま個室に通された。
そこには誰もいなくて、一般的に普及しているパソコンがおいてあるだけで…私は、電子機器がとにかく苦手なので困ってしまって人を呼ぼうとした。
「ご安心ください。あなたのニーズにお応えできるように、はじめから私が対応いたします。人間の職員では対応できない細かなことも、プライバシーの観点もお任せくださいませ。」
背後で声がして振り返ると…そこには、ピンク色の長髪を柔らかに揺らしながら優しく微笑む女性が立っていた。
「あなた…いつからいたの…誰?」
にっこりと、心のなかを見透かしているかのような笑顔で彼女は私に語りかけた。
「ご挨拶が遅れてしまいました。私は、365×12のお姉ちゃん属性を担当しております日向ほのかと申します。そこにあるパソコンから出力されておりますインターフェースです。同時にこのゲームのアドバイザーの役目も承っておりまして、これからあなたのニーズにあった設定をさせていただくお手伝いをさせていただきます。」
これが…私が初めて触れた…非現実の世界の入り口だった。