サバイブofバレンタイン
「う・・・ぁぁ・・・。」
自分としてもなんとも情けない声とともに、重たい瞼が開いた。
だるいなー・・・なんでこんなにだるいんだろう。
それに体がやけに重たい。昨日は特に変わったことなんかしなかったはずなのに。
普通に姉ちゃんと夕飯を食べて、宿題を見てもらって・・・そのあといつもより早めに寝たはずなんだけど。
時計に目をやると、13時を過ぎていた。
いくらなんでも寝すぎで、自分で驚いた。
確か今日は10時くらいに相沢さんがチョコレートの作り方を習いにうちにくるはずだったのに。
ヤバい、これっていくらなんでも失礼じゃないかと立ち上がろうとして横に転んだ。
こてんと。
起き上がらろうにも、なぜか手も足も動かない。
そもそも部屋が暗くて、本当に13時なのか・・・実は夜中の1時なんじゃないかとか意味不明な方向に頭が回転していく。
じっとしていると、目が慣れてきたのと落ち着いたので、机に反射した自分の姿が見えた。
「なんだ・・・これ?」
なぜか、椅子に括り付けられてそのまま倒れこんでいる。
どおりで動けないはずだ。
・・・いや、そうじゃない。これは明らかに犯罪者か何かのやることだろう。ということは姉ちゃんも、この家に来るはずだった相沢さんもなにか危険な目にあっているかもしれない。
なんとかして状況を探らなくては・・・そう思っていると、床についた耳になにかを削るような音が響いてくるのが分かった。
「削っている・・・いや?引きずっている?」
明らかに下の階の様子がおかしい。
笑えない状態に冷や汗だけがしみだしてくる。
かといっても俺は運動神経がいいわけでもなく、それこそ少し前までひきこもっていたオタクだ。こんな時に対応できるだけの何かを持っているわけでもない。
腕を動かしてみても、結び目はしっかりとしていてほどけそうにない。
じたばたしてみるが、ただ体力が消耗していくだけだった。
トントントン・・・
「え!?」
下から聞こえていた音に変化があった。
この感じは・・・
「階段を・・・のぼっている・・・。」
怖い。
何者かが、きっと俺をこういう状態にした犯人が階段をのぼってこっちに近づいてきている。
なんで、なんで、なんで・・・昨日まで平和だったのに、何事もなかったのにどうしてこんなことになっているんだよ!
逃げ出したくても、体は椅子と地面に固定されたまま。
そんな俺を笑うかのように音は近づいてくる。
「助けて・・・助けて、姉ちゃん!助けて!」
神じゃなく、仏じゃなく・・・俺が助けを求めたのは姉ちゃんだった。
ぎゅっと恐怖に身をこわばらせている間に、足音は部屋の目の前で止まり、そして扉が開く鈍い音がした。
僅かな光が入り込んでくるとともに、殺されると思った。
「あら、やだ弘樹転んじゃったの!!大丈夫?ケガ、していない?」
扉を開けて、姉ちゃんが俺に駆け寄ってきた。
そして丁寧に椅子ごと俺をおこして、ケガがないかをチェックしている。
「お・・・おねえちゃ・・・?」
「あ、お姉ちゃんなんて懐かしいなー、たまにはいいね。良かった、ケガしてないみたいで。」
この状況に驚かない姉に説明を求めたいのだけれども、あまりの恐怖で口を食いしばっていたために、うまく動いてくれない。
震える身体を姉ちゃんが優しく抱き留めてくれる。
「大丈夫よ、弘樹、一人にしててごめんね。寂しかったんだね。・・・もう今日をジャマするモノは片づけたから、大丈夫よ。」
どういうことなんだ?
何者かが家に入り込んで、それを姉ちゃんが退治したっていうことなのか?
「そ、そうだ・・・相沢さんは?」
くすっと姉ちゃんが微笑んだ。
「そんな姿でも、他人のことを心配するなんて・・・本当に弘樹は良い子ね。大丈夫よ、さっき言った通りだから。」
「安全・・・ってこと?」
「そうよ、もう安全!」
安全だと言われて瞬間にすべてがどうでもよくなった。
本当に単純な話だけれど、それくらい気が張っていた。
「うふふ、よかった顔色がよくなったみたい。じゃぁ、そんな弘樹にプレゼントをあげないとね。ハッピーバレンタイン!」
「姉ちゃん、これじゃ受け取れないよ。」
四葉のクローバーをモチーフに作られたチョコレートケーキを差し出す姉に苦笑いを返す。
きっと姉ちゃんも怖い思いをして、俺の縄を外すことまで気が回っていないんだ。
「弘樹が、残さず食べれるようにお姉ちゃんが食べさせてあげるから。」
「何言ってんの、姉ちゃん?とりあえずほどい・・・」
そこまで言って、姉の放つ異様さに気が付いた。
これは姉ちゃんであるはずなのに、姉ちゃんではない・・・なにか非常に懐かしいそしてなにか危機を感じる。
焦げたチョコレートのような瞳。
「だーめ、弘樹、きっと残しちゃうから。残しちゃったら・・・ソザイタチガカワイソウジャナイ。折角弘樹のために頑張ってくれたんだから、ちゃーんと・・・タベナキャ。お姉ちゃんだってね、お姉ちゃん以外のを本当は食べてほしくなんてないんだけど・・・相談してきた可愛い恋する乙女の気持ちも分からなくもないから。トクベツ・・・はい、あーん。」
有無を言わせずに口元によせられたものを押し込まれる。
どろりとした感触。
食べたことのない味が広がる。
お姉ちゃん以外のを?
姉ちゃん以外が作ったものって意味か?
もしかして・・・相沢さん?
「こぼしちゃだめよ、ハジメテダカラオイシクナイカモシレナイケレド・・・世界に一つだけのものなんだから、ちゃんと味あわなきゃ、ね。」
苦しい・・・苦い、酸っぱい、甘い、そしてどこか鉄のような味がする・・・まずいとか美味しいとかじゃなくて食べたことのない味と感触が口いっぱいに広がる。
「うん、こんなにちゃんと食べてもらえたら・・・きっとあの子も本望ね。」
そう言って姉は俺から体を離すと、満面の笑みでまた違うチョコレートを取り出した。
「次はこっち、お姉ちゃんの自信作!残さず・・・食べてね。」
口に詰まったもので返事もできず、苦しさに涙を浮かべながら俺はそれを見て、されるがままになるしかなかった。
身体に力をいれようとしてもうまくいかない。
姉ちゃんが嬉しそうに、俺の頬に手を添わせる。
ゆっくり、いとおしそうに。
俺のバレンタインは・・・まだ・・・はじまったばかりだった。




