言うな
今日は、例の自称正義の出張ホストの友人とゆうなちゃんと会う約束をしていた。
満たされない愛情を異常なまでに求め続けるゆうなちゃんの姿には、勝手なことだがひどく興味をひかれていた。彼女は会うたびに瞳を黒く染め上げているように感じ・・・それがまた、私の気持ちをかきたてる。
駅前の歩道橋が待ち合わせ場所だ。いつの間にか吐く息が白くなる季節になってきた。
無意識に視線をあげると、黒いセーラー服の少女が目に入った。彼女をまとうすべてが黒いなかでリボンの赤だけが色を保っていた。
まるで、世界から切り出されたような光景だと思った。
「あ、お兄さんー、こんにちはー!」
少女が歩道橋から身をのりだし、私に手をふってくる。一瞬、理解できずに周りを見渡したあとに私は、少女がいたずらっ子のように微笑んでいることに気がついた。
私はまいったなと思いながらも歩道橋をのぼった。
「ゆうなちゃん、気がつかなかったよ、どうしてそんな格好しているんだい?」
「エヘヘ、私、まだ女子校生に見えるでしょ?お兄さんたちを驚かせようと思って。」
大成功、と無邪気に笑うセーラー服の少女はゆうなちゃんだった。
友人はまだ来ていないらしく、しばらく二人で何をする訳でもなく待つことにした。
内心で、娘ともいえるくらいの制服姿の少女といることで誤解をうむのではないかと心配になるほど、彼女はセーラー服が似合っており、なにより幼くみえた。
「・・・寒いと、寂しくなりますよね。手を繋いで歩いている人たちが羨ましくて。」
「あぁ、確かに・・・目に痛いね。」
ゆうなちゃんの手は白く小さく、しかし指が長い。・・・手なんていついらい繋いでないだろうと苦笑いをした。
「・・・手、繋ぎます?」
スッと手が差し出された。
思わず、ドキッとしてしまう。お世辞は抜きにしても可愛い子だ。
そんな子から手を繋ぐかなんて・・・この年になっていわれるとは・・・。
そして私は彼女の袖口から覗く腕に広がった赤い痕を見なかったことにしてしまった。
彼女が生きたいともがいた痕を・・・彼女の助けてという主張を・・・見て見ぬふりをした。
「いや、そういうのはあいつとしなよ。何よりこんなおじさんがゆうなちゃんと手を繋いでいたら・・・誤解を受けそうだ。」
「あ・・・援助交際とかですか?あはは、お兄さんたちを買っているの私なんですが、そうですね、そしたらゆうなも、捕まりますかね?」
確かにそうだ。このどう見ても無垢な少女がお金を払って友人を買っているのだ。本当は逆なんではないんだろうか・・・いまだにその現実を受け止めきれない自分がいる。
「・・・どうして、なんだい?」
つい、考えていたことが口をついて出てしまった。
その質問はパンドラの箱だと知っていたのに。・・・本心では、どうしても知りたかった。
彼女は決して金銭的に大きな余裕があるわけでもない。勉強熱心で、授業ばかりをいれていてその空き時間に図書館の手伝いでお金をもらっているだけと言っていた。
友人を買うお金で、年頃らしく化粧品やブランドものの鞄なんてものを買った方がよほど彼女にとっては得だろうし・・・なによりも、彼女を買いたいと思う人間は大勢いるはずだ。もしかすれば彼女は正規のルートとはいえないがそこで愛情もお金も手に入れられるかもしれない。
なのに、なぜ?
お金を払ってまで、決して何かに秀でているわけでもお世辞にもイケメンとはいいがたいおじさんたちに愛情を求める?
「見つからないから・・・私を満たしてくれるものが・・・お金を払ってその時間は私だけを見てくれれば、寂しさ・・・なくなるかなって」
足をプラプラとさせながら彼女は答える。でも、その表情に明るさはない。
笑ってはいるのに・・・心がよめない。
「でも違った・・・お金を払ってもなにもかわらない・・・お兄さんの「好きだ」は哀れみで・・・・・・余計に寂しくなりました。」
本当に小さく呟かれた最後の一言に心がつぶされそうになった。
おそらく、彼女は友人の中途半端な介入によってかえって傷ついている。
「ゆうなちゃん・・・なら」
「言わないで、くださいね。」
年相応の少女がするように人差し指をたてて私にしーっと合図をする。
言わないで・・・言うな・・・ゆうな・・・。
彼女は縛られている。自分自身に。まるで、運命づけられたかのような自分の名前に。
「これは、お兄さんとゆうなの二人だけの秘密です。」
それは甘美な響きで、そして天使は笑った。
私には、この関係性に口出しをすることはできないという魔法をかけながら。
思えば、このとき・・・私はゆうなという少女を救えたのかもしえなかった。
同じように普通の愛では満足のできない者同士として、傷を癒しあう・・・舐めあうことができたのかもしれない。
だが、永遠にその機会を失う日は・・・このときは気がつけなかったがそう遠くなかった。
「それにしても、今日は寒いですね・・・コート着てきてもよかったなー。」
はぁーっと息を吐く、空を見上げる瞳、長いまつ毛に水滴がついていた。
このまま空に溶けていくのではないかと思うような儚さ・・・彼女を抱きしめてあげたいと思った。
つなぎとめて、もっと楽に・・・悠々と息をする方法があることを教えてあげたかった。
抱きとめるべきだった。
「あー、見てください!やっとお兄さん来ましたよーおーい!気が付くかな?」
彼女が大きく手を振る先には、焦ったように小走りで走る友人の姿があった。
私は、ゆうなにむけて動きかけていた体をそこでとどめた。
・・・今日会いたいと言ったのは友人だが、どうせまた彼女からお金を取るのだろう。
矛盾した愛し方。
友人もゆうなも・・・私も正しい愛情のはぐくみ方を誰も知らない。
真っ黒なセーラー服の中でゆうなの首元でゆれる真っ赤なリボンがこの先を暗示しているとも知らずに、私は言い損ねていた言葉を友人が来る前に口にした。
「ゆうなちゃん、セーラー服姿、可愛いね。」
きょとんとしたあと、少しだけ頬を赤らめて、ぶかぶかの袖で口元を隠しながらゆうなは笑った。
「えへへ、ありがとうございます。」
そのほころんだ表情にその瞬間が永遠に続けばいいのにと・・・私はひそかに心の底で願っていた。
そして、瞬間の儚さを知ることになった。
ー・・・二人だけの秘密ですよ?-




