お姉ちゃんとイッショ♪
「弘樹、今日の帰りにゲーセン行かねぇ?新しいゲームはいったらしいぜ!」
「弘樹」そう気軽に名前を呼んで帰りに遊びに誘ってくれる友達ができるなんて、少し前まで想像もしていなかった。
少し前、俺は家からいなくなりちょっとしたニュースになっていたそうだ。・・・そうだというのは、不思議なことに俺にはその記憶が全くなくて、普段通り自分の部屋にひきこもっていたとしか意識がないからだ。だから何かを言われても何も思い出せないし、俺は普通に「365×12」をプレーしていたとしか答えられない。
「365×12」といえば、こっちは大きな事件になっていたみたいだ。関係施設での事故死、研究員の娘の誘拐、しばらくサーバーを止めて調整を行って現在ではまた元の通りに運営されてはいるけれど、何人かのヒロインに変更があったりしたらしい。・・・らしいというのは、なんというかもうそんなに話題にもならなくなったし、ゲーム自体はあって当たり前のものとして社会に溶け込んでいるし、なにより俺はもうゲームをやりきったから、そんなに興味がわかなくなってしまっているのかもしれない。
「あー。ごめん!今日は姉ちゃんの買い物に付き合う約束しているんだ!」
「マジかよー・・・まぁでも、弘樹の姉ちゃん美人だしいいいなー、俺もあんな姉ちゃんなら喜んで買い物付き合うのにさ。」
「別にそんなんじゃないけど、悪いけどゲーセンはまた誘ってくれよ。」
「OK,OK!お姉さんに宜しくー!」
友人たちに別れを告げて、姉との待ち合わせ場所に向かうべく教室を出る。
俺の姉ちゃんは、大学で心理学を勉強している。今までそこまで仲が良かったわけではないけれど、俺がひきこもっていた部屋に毎日手を差し伸べに来てくれていたのは姉ちゃんだけだった。
暗い部屋でふさぎ込んでいた俺のために心理学を学んでいたことを知ったのは、その手をとってからだった。すごく嬉しくて、涙が出た。
部屋からリビングへ出るようになると、姉ちゃんは遅れていた勉強で困らないようにと、ずっと勉強を見てくれた。不安になるたびに逃げだしたくなる俺の手をぎゅっと繋いで「大丈夫、お姉ちゃんがついているよ」と安心させてくれた。
復学するようになったころには、これは少し困ったことだったけど・・・朝も一緒に学校にむかった。
たまたま高校と大学が同じ方向だからと言ってはいたけど、完璧に昇降口までついてきて・・・絶対に周りからなにか言われると覚悟していた。今思うと、本当は学校に行くこと自体に緊張していたのが姉の子の行動によっていい具合になくなっていた。
何を言われるのだろう。高校にもなって姉に同伴されて登校する不登校児・・・心配しかなかった。
ところが当日、姉は昇降口で満面の笑顔で俺を見送って、さらには興味心から見つめる周囲にまで満面の笑みで気軽に話に応じ始めた。
「いろんな相談に乗ってくれる美人なお姉さん」として今では校内でちょっとした有名人となっているくらいだ。だから、俺の考えていたような悪い方向での注目ではなく、良い方向での注目だけが集まって、初めは姉について聞きたいと人だかりができ、そのうち俺自身と趣味が合うことに気が付いた奴らが友人となってくれた。
後から俺がそのことを報告すると、そんなことすら姉にはお見通しだったらしく「お姉ちゃんが一緒だから大丈夫って言ったでしょ」と鼻で笑われてしまった。
少し・・・いや、かなり変わり者の姉ではあるけれど、俺はそんな姉ちゃんが大好きだ。
シスコンだと言われてもかまわない。
姉ちゃんがいるから、今の俺がいるんであって、姉ちゃんがいなかったらきっと俺は存在できていないだろうってくらいに姉ちゃんに感謝している。
笑っているときも、少し怒っているときも、心のどこかに姉ちゃんを感じる。
それが本当に心強い。
「弘樹君!」
階段を下りていると、隣のクラスの女の子に声をかけられた。
あまり目立つタイプの子ではないけれど、図書室で本を借りるときに何度か一緒になったことのあるメガネの似合う女の子だ。
「えっと・・・相沢さん、だよね?どうしたの?」
「うん、相沢、相沢みどり。ごめんね、呼び止めちゃって・・・えっと、もうすぐバレンタインだよね。」
少し恥ずかしそうに、眼鏡越しに上目づかいに俺を見つめる姿にちょっとどきっとした。
「あぁぁ・・・そっか、あんまり気にしたことなかったから忘れてた。そうだね、どうしたの?」
「えっと・・・その、あの、お、お姉さんにバレンタインのチョコの作り方教えてほしいから・・・お邪魔しちゃダメかなって?」
「え・・・お邪魔ってうちに?」
確かにうちの姉ちゃんは料理もうまい。俺の弁当は毎日姉ちゃんの手作りなのも有名な話だ。
相沢さんもそれを聞いたのだろう。でも、うちに・・・って。
確認のために問いかけると、真剣この上ない顔で何度も頷かれてしまった。
「だめ・・・かな?」
そっか、相沢さんも誰かを思う女の子なんだ。
無下に断るのはよくないよな。
「今日、姉ちゃんと買い物に行く予定だから聞いてみるよ。」
「本当に!ありがとう!・・・えっと、これ私のラインのIDなの、返事、もらえたらうれしいな。」
ポケットから可愛らしいメモ用紙に書かれた英数字の羅列を手渡される。
こんなに準備しているなんて、よほど本気なんだなと思うと応援したくなってきた。
「わかった、姉ちゃんに聞いて返事するよ。」
「嬉しい!あ、引き留めちゃってごめんね!・・・ライン待ってるね!」
そういうと相沢さんは、パタパタと階段を駆け上っていってしまった。
「・・・考えてみたら・・・女の子とライン交換するの初めてだ・・・」
なんだか急に恥ずかしくなってきたのをなかったことにして、俺は昇降口へと向かう。
階段を降り切ると、なぜかそこにすでに姉ちゃんがいた。
「ね、姉ちゃん!約束の時間まだ・・・」
姉は何事もなかったかのように笑顔で俺を迎える。
「講義、早く終わったから迎えに来ちゃった。早く弘樹に会いたかったから・・・ところで、弘樹今ダレカトハナシテナカッタ?」
コテンと首をかしげる姿がなんだか人形のように見えて、少しぞっとした。
「あ、あぁ隣のクラスの相沢さんが姉ちゃんにバレンタインのチョコの作り方教えてほしいって・・・。」
なぜか、心臓がぞくぞくとする。
警告のように何かが体を駆け巡る。
「そう・・・ねぇ、その子カワイイノ?」
「え?まぁ・・・可愛いんじゃないかな・・・」
「そう・・・いいよ、お姉ちゃんもその子に会ってみたいもの。」
なんだったんだろう。
承諾をした姉ちゃんはいつもの姉ちゃんだった。
「じゃぁ、OKってラインしとく。」
「・・・ライン・・・」
「姉ちゃんなんかあった・・・?」
「ううん、なんにも。タノシミダナーッテ。さ、早く買い物に行こう・・・チョコの準備も買わなくちゃね!」
俺の手を引いて姉ちゃんは歩き出した。
この手を離さなければ・・・俺は大丈夫。
「ホントウニタノシミ・・・クジョスルノガ・・・。」
真っ黒な焦げたチョコレートのような瞳で、姉が二階のあたりを振り返って呟いた言葉は、俺には聞き取ることができず、そのまま姉ちゃんと一緒に買い物へと向かったのだった。




