新しいゲームのはじまり
ーおはよう、弘樹、今日もいい天気だよ。-
すごく長い夢を見ていたような気がする。
目が覚めたら、俺は普通にベッドの上で眠っていた。
時計を見たが、いつも通りにお昼を過ぎていた。
だるい体を、ゆっくりと起こしながら、とりあえず日課通りにパソコンの電源をつけることにした。
ーちゃんと学校に行くんだよ!ー
電源ボタンを押そうとした手が止まった。
・・・なぜか押してはいけない気がした。
そして、そのまま本当に無意識のうちに・・・ずっと手を通してなかった制服を探していた。
いまさら学校なんて、行く気にはならない。
学校に行ったって・・・どうせ浮くだけだ。
自分の席がどこだったかすらも思い出せない。
また笑われるために、学校に行くのはイヤだ。
なのに、手が止まらなかった。袖を通して、ボタンをしめていく。
「弘樹ー、あんたいいかげん・・・」
姉ちゃんがドアを開けて入ってきて固まっている。
・・・久しぶりに顔を合わせているような気がする。
そんなに、俺は部屋から出ていなかったのかと苦笑いしかない。
「どうでもいいけど・・・ノックしろよ。」
まったく・・・姉弟とはいえ無理解すぎるだろう。プライバシーもなにもあったもんじゃない。
そのままの流れでネクタイをしめていく。
姉ちゃんは入り口で固まったままだった。
「・・・時間割・・・」
今から行っても午後の授業しか受けれないな。
確か、今日は化学から始まるんだっけか。
「・・・教科書・・・」
購入はしたが、一回も開いていない綺麗すぎる教科書を手にとって鞄に詰めた。
最後に筆箱を探し当てて、鞄を背負う。
「じゃ、行ってきます。」
「あ、え・・・行ってらっしゃい・・・ってーお母さん!!弘樹が、弘樹がー!」
我が姉ながらうるさい。
その声に何事かと母親が血相を変えてやってきた。
そして俺の姿を見て同じように固まる。まったく・・・似たもの親子だよ。
「ひ・・・ろき?あなたその格好・・・。」
母さんは、今にも泣き出しそうだった。
これ以上遅れるともはや帰りのホームルームにだけでることになりそうだ。
俺は時間がないからちょっとだけ笑って手を振った。
「行ってきます。」
ー弘樹!頑張って、頑張って・・・大丈夫。ゆゆが一緒だからね。ー
そうだ。俺は一人じゃない。俺には背中を押してくれる・・・・・・がいる。
だから、大丈夫。一緒にいるから俺は強くなれるんだ。
もう下は向かない、胸を張って歩きぬいて見せる。
玄関から踏み出した一歩は、誰かが手をひいて光の中に誘ってくれているみたいだった。
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「まさか・・・あのゲームがここまで効果があるなんて・・・」
残された私は、弟の変わりぶりを見て自分がプレゼントしたゲームが、どれだけの効果があるのかをやっと知った。・・・やっと?いや、私はこのゲームにナニかもっと違う感情を抱いていたような気がするのだけれど・・・おかしい。
かみ合わない鍵のように何かがひっかかったままだ。
ふと、パソコンを見るとそこには真っ暗な画面の中になにか文字が浮かんでいた。
気になったから目を凝らしてみたがよくわからない。
「えっと・・・どーやるんだっけ?」
自慢じゃないが、パソコンはまったく使えない。携帯だってやっと使っているくらいの古代人なのだ。
この間もそれで、友人たちからバカにされたばかりだ。
とりあえず、カチカチと画面をクリックしてみた。すると文字が大きくなった。
ーつづけますか?ー
「つづけますか?なんのことだろ?」
そのまま吸い寄せられるように、その文字をクリックしてみた。
「はじめまして!」
「うわっ!?な、なんだ・・・あのゲームか。えっと・・・はじめまして!」
画面では女の子が可愛らしく微笑んでいた。
特に、興味はなかったけど、つられてなんとなく返事をしてしまった。
「あはは・・・弘樹のお姉さんですね。」
感心した。最近のゲームは本当によくできたものだ。
そんなことまでわかるなんて・・・いや、なんだろうこの奇妙な既視感は・・・どこかでこの子と会ったような気がしてならない。
おかしい・・・なにかこれ以上話してはいけないような、本能が危険を感知している。
「えっと・・・そうよ。弘樹の姉です。」
画面の女の子が弾けるように笑った。なにか、気味の悪い笑い方だった。
「・・・交換しましょ・・・。」
「こう・・・かん?」
「そう・・・交換・・・。」
意味が分からずに、繰り返してしまった。
その瞬間にモニターに光が溢れた。
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「弘樹は一人じゃ何にもできないから・・・これからもゆゆがずっとついててあげないと!」
あれ?私の声が・・・どこか遠くで聞こえる。
おかしいな・・・なんだか、自分じゃないみたい。
「弘美さん、この体、結構いい感じですよ~。でも、これからゆゆがもっと可愛くしちゃいますね!」
あれ・・・私、何をしているんだろう?鏡なんかをあんな可愛い子ぶったポーズで見つめて・・・?
わた・・・し?
「あ、気がつきました?弘樹のお姉さん!」
私が、私に笑いかけてくる。
「今まで、弘樹を大切にしてくれていてありがとうございました。弘美さんが弘樹に対していろんなことを思っているのよくわかりました。弘樹のこと・・・心配だと思いますが、安心してくださいね。」
私が勝手にしゃべっているのをただぼーっとする頭で見つめるしかなかった。
私・・・どうしてしまったんだろう・・・これは夢?
「これからは、私・・・柊ゆゆがずっと弘樹のそばにいて、弘樹を支えますから・・・だから、この身体はいただきますね。」
くるくると鏡の前で「私」が楽しそうに回っている。
「これからは、お姉ちゃんが・・・ずっとそばにいるからね。」
あははははと高らかに笑うと、階段を楽しそうに降りていった。
追いかけようとしても、なにか見えない壁に阻まれて前に進めない!
何が起こっているっていうの?
そして、ふっと思い出したかのように私が戻ってきた私が信じられないことを言う。
「弘美さん・・・これからは、あなたがゆゆよ。ヒロインって結構大変だから頑張って、ね?」
ゆゆ
ヒロイン
歩き回る私
阻まれた世界
やっと理解した。
私は信じられないことに・・・ゲームに吸い込まれたんだ・・・そして、そこにいる私はもう私じゃない・・・私の身体はあの女「柊ゆゆ」に乗っ取られたんだ。
「やだ!?だして・・・!出してよ!」
画面をはたくけど全く意味はない。
イヤダイヤダイヤダ・・・どうして私がここにいなきゃなの?
「あーもう・・・うるさぃなぁ、えーぃ!きょうせーしゅーりょー!」
「私」がパソコンのコンセントを手に笑っている。
「やめ・・・!」
「えぃ!」
すべての明かりが消えた・・・私にはなにも残らなかった。
意識が沈んでいく中で・・・「私」の声が聞こえてきた。
「大丈夫・・・きっとまた誰かが・・・また、あなた(ゆゆ)までたどり着くから・・・。」
永遠に終わらないゲームの世界。
私はそこに住むことになった。
誰かが私までたどり着いてくれることだけを信じて。




