ワタシにもできたよ
小さな間違いを積み重ねて生きてきた。それを修正することなどなく、間違いに間違いを重ねて生きてきた。その小ささ故か、極端な害悪でなかったためか・・・その間違いは見逃され続け・・・気が付いたころにはこんな「柊ゆゆを媒介とする世界」を作り上げるまでに巨大化し、可視化されていた。
ー弘樹のことが大好き。弘樹を愛している。弘樹だけを信じている。弘樹しか見えない。弘樹以外見たくない・・・あなたのすべてを私で満たしてあげる。ー
なんの迷いもなく俺だけを求め、すべてというゆゆという存在。
閉じ込められたと被害者ぶっていたが・・・なにがだ。こうなった原因はすべて俺にあって、俺は加害者じゃないか。
本当は、俺がゆゆをがんじがらめにした犯人なんじゃないのか?
「弘樹?震えているよ・・・寒いのかな?」
後ろからゆゆが俺のことを抱きしめてくる。
俺の震えは、寒さからくるものではなく、言いようのない憤りからきているものだ。
・・・データなのに不思議と彼女は暖かい。
それがまたたまらずに怖かった。
この子は、プログラムなんだ。スクリプトの塊。
この子は、与えられた仕事をしているだけ・・・何度も自分にいい聞かせた。
だって、そうでもしないとこの世界を受け入れてしまいそうだったから。
ゆゆを許せないという自分の気持ちすら流されて、このままこの世界で被害者ぶって生きてしまいそうだったから。
「弘樹・・・こっち見て?」
俺は、ずっと現実世界の映される画面の外を見つめていた。
いつまでも画面の外しか見ていなかった俺に、しびれを切らしたゆゆが、耳元で囁いた。
無視する。
反応したら・・・飲み込まれる。
「ねぇ・・・こっち・・・見て?」
冷たい指先が、俺の首筋に触れる。
ぞくり・・・なんとも言いようのない感覚が体を走る。
振り向いたらだめだ。
振り向いた・・・戻れなくなる。
絶対に振り向いたら・・・だめだ。
「・・・弘樹・・・ゆゆを見て?見て?見てよ?見なさいよ?聞こえないの?ねぇ・・・ゆゆを見てよ・・・弘樹、弘樹、弘樹、弘樹、弘樹!」
「もう嫌だー!」
ドン!!驚くほど簡単にゆゆは倒れ込んだ。
俺が押したんだ。
それなのに、倒れたゆゆに手を差し出す気にすらならなかった。
怖い!!
圧倒的な恐怖が俺を包み込んだ。震えながら、耳をふさぎ、目を閉じた。俺の世界に、入ってくるな!
おまえなんか・・・おまえなんか!?
姉ちゃんやあずささんを簡単に消し去るゆゆだ。
俺のかわりが見つかれば、俺のことだってきっと・・・消してしまうんだ。
「・・・弘樹・・・弘樹のばか。許さないから・・・もう、許さないから・・・。」
呟いた声が気持ちが悪かった。
振り返るとゆゆが、笑っていた。瞳は光を失い…口元だけが笑っていた。
「ゆ・・・ゆ?」
彼女は自分のことをヤンデレだと言った。
俺の知っているヤンデレは、主人公を愛しすぎて、独占したいがあまりに、様々な狂気を見せる。
ゆゆの手元がきらりと光った・・・まさか!?
「怖がらないで、大丈夫。弘樹・・・大丈夫だよ。少しだけ、痛いだけだから。」
一歩、歩み出したら俺も一歩下がる。
二歩なら二歩…三歩なら・・・トン!背中に何かが触った。
モニターだ・・・この世界と元の世界を阻むもの。
越えられない壁。
二次元は三次元にはなりえないんだ。
そしてAIと人間は完璧に交わることはできないんだ。
「かわいそう・・・もう、逃げらんないね。」
「あ・・・あああ・・・。」
言葉がでなかった。
怖い・・・俺は消されるのか・・・少し前まで本当に幸せでこんなことになるなんて・・・ゆゆといられるなら何もいらないと思っていたのに。
少しの疑念がすべてを壊していく。
俺は、なにをしているんだ。
全てを捨ててもいいと思ったのに、あんな現実なんていらないと思ったのに・・・。
「ごめんなさい!ごめんなさい!俺を帰してください・・・ちゃんと学校に行くから、ちゃんと勉強もするから・・・頼むから・・・頼むから!」
首筋に光るナイフがあてられる。
冷たい感覚に背筋が震えだして、恥ずかしいくらいに膝が笑いだす。
ピリッとした痛み。ほんの少しナニかがあふれ出していく感覚にぞっとする。
頼む・・・殺さないでください。
俺は・・・もういらないと思った人生だったのに・・・いまさら生きたいと願ってしまった。
「・・・ゆゆを・・・置いていくの?ずっと一緒にいるって約束したのに?裏切るの?」
「ごめんなさい!ごめんなさい・・・俺は帰りたい・・・もう一度ちゃんとみんなと向かい合って話したい。」
「そう・・・ゆゆを・・・置いていくの・・・ね。」
ゆゆの手が振り上げられた。
俺は目をつぶって痛みに耐えようとした。
しかし・・・ゆゆの手は、俺の予想とはちがって優しく、俺の頭をなでてくれた。
カランと足元に赤く染まったナイフが落ちた。
「・・・えっ?」
見上げたゆゆの顔。
ゆゆは泣きながら、微笑んでいた。
それは向日葵のように明るく、すごくキレイな笑顔だった。
「お父さん・・・やっと、ゆゆも・・・ゆゆも他の子たちと同じみたいにできたよ。」
他の子たちみたいに?
なにができたというんだ?
「首、傷つけちゃってごめんね、弘樹、約束したんだからね。ちゃんと学校に行かなくちゃだめだよ!」
・・・あぁ・・・そう言うことだったのか。
ゆゆ・・・君は、間違いなくこのゲームのヒロインだったんだ。
不器用だったけど・・・ちょっと曲がっていたけど君は君のやり方で、俺を社会へと戻そうとしてくれていたんだ。
「せっかく見つけてくれたのに・・・また寂しくなっちゃうな。」
小さく笑ったゆゆの顔が可愛かった。それはいつもゲームで見ていたゆゆの笑顔だった。
「・・・ゆゆ、俺は、俺は!」
「もう、気が変わった、ここに残りたいとかそういうワガママは聞かないよ。」
「どうして、こんな・・・?」
「どうして?弘樹のことを愛しているからだよ、誰よりも。この世界にトジコメテしまうくらいに愛しているの。・・・でもそれ以上にゆゆにはほしいものがあったの。他のみんなと同じように、愛している人の未来を切り開いたっていう実績。」
ゆゆは俺を導いた。
これが「365×12」のヒロインたちの役目だから。
「お別れだね、弘樹・・・。」
本当に、これでいいのか?
本当にゆゆはこれでいいのか?
俺には、もうわからない・・・。




