俺が君を許せない
「ゆゆ・・・どういうこと、姉ちゃんにあずささんはどこにいったんだ?」
「邪魔」とゆゆが言って、すぐに二人の姿は消えてしまった。あたりを見渡しても、以前と同じ俺とゆゆだけがいる世界が残っている。
それはなんら変わりなく、俺が望んだ世界で、でもやはり何かが決定的におかしいことに気が付いてしまった。一つの違和感に気が付けば、ぼろぼろと世界は崩壊していく。それほどまでに、この世界は脆いものなのだ。俺かゆゆが違和感を抱けば、世界は・・・終わる。それが二人だけの世界。
今まで生きてきた現実は構成人数が桁違いだった。だからこそ強固だったのだと実感した。
人数が減れば減るほど、世界は脆く儚くなる。
「消したよ。邪魔だったから。・・・やっぱりこの世界にはゆゆと弘樹以外必要なかったんだよ。」
「邪魔だった・・・ってあずささんはゆゆの友達だったんだろ?それに姉ちゃんとだって・・・話し合いの途中だったのに・・・」
「あずさは大丈夫、すべてわかってくれているから。それよりも弘樹にはアレが話し合いに思えていたの?アレは話し合いなんかじゃないよ。いつまでも利害の一致しない我の張り合い・・・そんなのいつまで続けてたって無駄だよね?だからケシタノ。」
頭が痛かった。ゆゆは姉ちゃんになにか思うことがあってあんなに親身になっていたのではなかったのか?思うところがあったから泣いたのではないのか?
ゆゆをもう疑わないと思っていたのに、ゆゆの真意が・・・わからない。
「・・・あーぁ、なんだか疲れたらおなかすいちゃったね、ご飯食べようか?」
「ご飯?この状態で!?」
「どうしたの?ナニをそんなにいらだっているの弘樹、ゆゆはともかく弘樹はご飯食べなきゃ死んじゃうんだよ?ご飯食べて少しお昼寝したほうがいいよ。」
「待てよ、ゆゆ、ゆゆのことを分かってもらうチャンスだったのに・・・どうして・・・」
深い・・・深い海の底の色をしたゆゆの瞳。
光を宿さない瞳で、こてんと首を傾げる。背筋に冷たいものが走る。
「分かってもらう?分かってなんかもらえないよ?AIと人間が一緒に暮らしたいなんて、当事者以外・・・あ、あずさは別ね。あの子は特例だから。とにかくそんな話、ワカルハズガナインダヨ。ワカラナクテモイイノ。ゆゆと弘樹が納得していれば別にワカッテモラウヒツヨウナイヨネ?」
「でも、話してみないとなにも変わらないじゃないか!話してみれば、少なくともゆゆへの誤解は・・・」
「トケナイヨ。ゆゆはゆゆでしかないから。ゆゆを理解できないニンゲンニゆゆをウケイレルコトナン
テデキナイ。だから、そんな無駄なことに時間を割いたりなんかしないよ。ジャマナンダカラ、ケセバイイダケノコトダモン。」
「努力もなしに、消してしまってはい終わりでゆゆは・・・本当にいいのか?」
「かまわないよ、弘樹とゆゆが幸せに暮らせればそれだけで、ユユハジュウブンニシアワセダカラ。弘樹は、違うの?」
俺は・・・俺は・・・できることなら俺の判断もゆゆのことも姉ちゃんたちに知ってほしい。
俺を心配してくれていた姉ちゃんのことを安心させたい。今はもう、ゆゆといるから大丈夫だって、胸を張って言いたい。心配しないでいいんだって。
「俺は・・・できれば、ゆゆのことをみんなに理解してほしい。」
俺は信じていた。
きっとこういえば、ゆゆは喜んでくれるって。
だって、みんなに理解してほしいというのは俺とゆゆの関係を公にするということで・・・言い換えればプロポーズのようなものだったから。
でも、ゆゆの瞳は変わらなかった。その瞳に俺が映っているのかすらもわからないほどに闇に満ちている。にっこりと笑ってはいるけれど・・・目は、笑っていない。
「・・・ありがとう。弘樹の気持ちはすごくすごく嬉しいよ、でもね・・・何度も言うようにAIと人間が一生をともにするなんて許されると思う?そんなのSFやファンタジー、アニメの見過ぎだって笑われて傷つくのが関の山だよ。ゆゆは、ゆゆのために弘樹が傷つくことを望んでいないもん。」
「それでも、俺は・・・ゆゆのことを理解してもらうためなら、傷ついてもかまわない!」
今、負けたらまた同じことの繰り返しになるだけだ。
自分のことを守るためにただ膝を抱えてみているだけだ!
ふっとゆゆが指先をあげるとテレビのディスプレイに光がともった。
そこには、たくさんの人の顔があった。すべてが俺の方を向いている。
たくさんの驚喜に満ちた目が俺を見ている。
ー・・・マジ告白Ktkr!
ーうわ、単純にキモイ・・・。ー
ーAI相手に告白ってやばくない?-
ーリアルに三次元との区別付かないって、病院に行くべきでしょー
ー日本の未来オワター
ーいや、逆に始まりじゃねww-
ー終わりの始まりだろww-
「なんだよ・・・これ」
どうしてこんなことになっていて、こんな風景を見ているのかはわからないのに明らかにそれらの罵声が俺に向けられていることだけはなぜかよく感じ取ることができて・・・俺はどうすることもできずにいた。聞きたくない。言われたくない。何も知らない聴衆の声。
いつだって俺を追い詰めてきた他人の視線から逃げないと決めたのに。
「やめてくれ!やめてくれよ!!」
冷や汗が止まらなかった。
俺が選んだ選択肢はそんなにもおかしなものだったのか?
そんなはずはない、俺は・・・ゆゆがいたから、ゆゆと過ごしたからいろんなことを受け止めることができたんだ。
助けを被るようにゆゆを見る。
そこには・・・なんの希望もないというかのような黒い瞳。
絶望の底へいざなおうとでもいうのだろうか。
逃れられない・・・どこまでもひたすらに深い闇が俺を見つめていた。
「だから、言ったでしょう?ワカッテモラエルハズナンテナインダッテ。」
その間も耳には嘲笑の声が響き渡る。
「・・・ゆゆ、どうして、こんなことを・・・?」
「・・・弘樹、ゆゆたちはね、ずっと実験されていたんだよ。こうやって好奇の目にさらされながら、知らぬ間にデータをとられていたの。ゆゆは他のヒロインたちとは違うって思っていたけど、そこに例外はなかったみたい・・・ごめんね、弘樹、本当にごめんなさい。」
ふにゃっとゆゆが申し訳なさそうに笑った。
実験ってなんだよ、どうして今言うんだよ、こいつらはなんなんだよ、なんで謝ってるんだよ、言いたいことがありすぎて、頭の中がごちゃごちゃしている。
「どうしてなんだよ、ゆゆ!」
「分かってほしくなかった、ゆゆが弘樹といることが、弘樹にとってどんなに酷なことだったのかを、知もっと早くに気が付いていて・・・黙ってた。弘樹と一緒にいたいから。弘樹をトジコメテ、ユユダケノモノニシタイカラ。」
「ふざけんな・・・ならなんで!!」
ならなんで、俺が死ぬまでだまし続けてくれなかったんだ。
俺が怒鳴った瞬間、ゆゆが微笑んだ気がした。
「ゆゆがゆゆをユルセナイカラ。」
そんな自分だけここまできて、自分のために動くなんて。
「・・・俺がゆゆを許せない!」
多くの罵声、嘲笑、あざけり、煽りが渦巻く中、俺は涙を流しながら、ゆゆを睨み付けた。
ゆゆの混沌の瞳が俺を確かに見つめていた。




