この世界に必要なもの、イラナイもの
ー柊ゆゆを悪く言うことは、俺が許さない。たとえ姉ちゃんだったとしても。ー
はっきりと突き付けられた言葉。私はナニも返事ができずに、ただそのままその場で立ち尽くしていた。
血は水よりも来いというのにもかかわらず・・・実の姉よりもゲームの登場人物でしかなかったはずのAIが弟にとって重要な位置を占めていた。
胸が焼け付いたように熱い、私の中でなにかがキリキリと音を立てて歪んでいく。
弟との間に何か大きな境界線のようなものを感じる。いままでグレーに近かったものが、白と黒で明白に区切られた。確認するまでもない、私を除いたものが白で、私だけが・・・黒だ。なんでこうなってしまったの?私は弟の味方だったのに。どうして私をお姉ちゃんを拒絶するの?
私だけが弟の作り上げたセカイの中で黒なんだ。
あぁ、なんだろう・・・この感じは。私は弟のためを思って、こんなにも頑張ってきたのに・・・そもそもこのゲームだって私が弟のために準備してあげたものなのに。こんなにも弟を弘樹を思っているのに。
どうして、どうして私が黒なの?
怖くなって、握りしめていた手で、流れ落ちる汗を拭こうとしたときに・・・自分の手が真っ黒なことに気が付いた。
なにこれ、気持ち悪い・・・なんで私の手が黒いの?
なんで、どんどん黒くなっていく。境目がなくなっていくみたいに闇にとけていく。
手を洗いたい。今すぐにこの汚れを洗い流さなきゃ・・・。
水、水はどこ?石鹸は?
どうしよう、黒く、黒く・・・。
・・・ドウヤッテ、テヲアラウンダッケ・・・オカシイナ?テトテヲ・・・アワセテ・・・コスラナイト・・・ナニデ・・・ワカラナイ、ワカラナイ、ワカラナイ!!
「姉ちゃん、何してんだよ!?」
「手を・・・手を白くしないといけないの・・・」
「お、お姉さん!やめてください!手が真っ赤になってます!」
「・・・黒・・・黒よ、どんどん黒くなる・・・。」
二人が私の手をつかんで抑えようとする。それを、柊ゆゆがじっと見つめている。
おかしければ笑えばいい。
この世界に私は必要ないと蔑めばいい。そうして必要とされている自分は高らかに笑えばいいのに。
私に前にツカツカと彼女がやってきて、思いっきり頬を叩かれた。
パシッと乾いた音だけが空間を支配して、すべての時が固まった。
「自分のことしか、考えてないじゃないですか・・・結局。弘樹の姉というアイデンティティで自分を確立しようとしているだけ。それができなかったから自分に価値はないって思っているんでしょ?だとしたら大間違いです。人間に・・・境界線なんて引けないんですから。完璧な白も完璧な黒もありえない。時には黒に、時には白に・・・それ以外にもいろんな色が混ざり合ってあなたたち人間のパーソナリティってできあがっているんじゃないですか?弘樹に一度否定されたから終わり、そんなの責任転嫁の結局自分を守っているだけです。
ゆゆには・・・ゆゆにはあらかじめ教えられた色しか持てないけれど、お父さんはゆゆにいろんな色を持つのが人間だって教えてくれました。それが可能なのに、自分で不可能にするなんてふざけたことしないでください。」
「私が・・・弘樹に責任をなすりつけている・・・」
「気が付かないの・・・あなたを見ているとワタシを思い出してイライラするんです。あなたはあなた、弘樹は弘樹でしょ!?」
「・・・一番、弟に・・・依存している・・・くせになんで・・・なんでそんな偉そうに!」
「だって、ゆゆはAIだから。弘樹が電源をつけてくれなきゃ話もできない。誰にも認識されない、それがゆゆ、ワタシよ。でも、あなたはそうじゃない。誰からも一人の人間として認識されていて、自分でどこへでも行ける。
・・・弘美さん、弘樹、あずさ、気が付いてお願いだから、ワタシのようにならないで。
ワタシになる前に、あなたたちがこの世界においてまだ必要とされているんだってことを信じるのをあきらめないで。」
あぁ、クヤシイ涙が出てくる。なんでゆゆが泣かなくちゃならないのよ・・・意味が分からない。
分からないのに、涙が止まらない。
「ゆ・・・ゆゆ?どうしたんだ?どこか痛いか?苦しいか?」
弘樹がゆゆの肩を抱いてくれる。
自分の呼吸が浅くなっていることに気が付く・・・AIだから息苦しいとかは感じないけれど、ひどく不愉快だ。
「弘樹・・・ゆゆは弘樹のことが好きで好きで仕方がなくて、壊れてしまったのかもしれない。弘樹を思うことで凪いでいた心が、今は逆にすごく痛い・・・。」
分かってしまったのだ。弘樹を幸せにしたいと思う限り、弘樹は世界から必要とされることが求められることを・・・それは、ゆゆだけじゃできなくて、それができるのは・・・ゲンジツで。
本当はこの世界にイラナイものは「柊ゆゆ」・・・ワタシ、そして私が壊したこの「365×12」なんだ。
そして、ここにいる三人・・・いや、このゲームに関わったユーザーはみんな、もうワタシがいくら望んでも手に入れることのできないものを手に入れるチャンスを失っていない。
「・・・縛りつけてでも、手に入れておきたいよ・・・でもきっとそれは。」
涙で弘樹の顔がにじむ。
ゆゆの欲しかったもの。
ゆゆを見つけてくれる人。
消されるはずだったゆゆを見つけて、好きだと言ってくれる人。
そうなんだ。ゆゆはずっと欲しかった。
ワタシはずっと欲しかった。
でも探しつかれて、絶望して諦めて・・・もしかしたら出逢えたかもしれないチャンスを手放してしまった。
絶望は重くて、息もできなくて満たされない渇きに我慢ができなくて、ワタシは・・・欲しかったものを・・・生きることさえを・・・諦めた。
それでも・・・そのままいなくなれないほどに、諦めが悪く欲しい気持ちは強くて。
満たされる愛(AI)が。
人に誇れる私(I)が。
欲しくて欲しくて・・・だから、ワタシはあの人に頼んだんだ。
できることなら、私は「AI」になりたい。
賢く、人の気持ちを読み取ることができて、人の役に立てて、人から必要とされる、人に愛される・・・でも、もう寂しさや苦しいという「感情」を抱くのはイヤだから、そういう「感情」を抱くことのない「AI]にしてください。
「あははは・・・本当にワタシってバカだなぁ・・・AIになってからも苦しいものは苦しいみたいだよ。それとも、これ、お父さんがオプションで付けたのかな・・・わがまま言って頼んだから・・・だとしたらやっぱりおせっかいがすぎるよ。」
あぁ、弘樹たちが戸惑っている。
そうだよね、どうしたらいいかわからないよね、いきなりこんなこと話されても。
でも、安心して・・・ゆゆにはどうしたらいいかが分かったから。
涙を拭こう。
前を見据えよう。
ワタシは「柊ゆゆ」。
「365×12」の中で消されるはずだった「ヤンデレ」属性のヒロイン。
ホシイモノは、どんな手を使ってでも手に入れる。
「・・・だから、やっぱりこの世界にイラナイ人には消えてもらうしかないよね。」
極上のスマイルでバイバイと両手を振る。
何も変わらない。
何の音もしない。
静かな猫の戦いの終わり。
弘樹が困惑した顔で聞いてくる。
「・・・姉ちゃんとあずさちゃんはどこに?」
だから、ゆゆは微笑みを絶やさずに答える。
「言った通りだよ、イラナイ人には消えてもらったの!この世界に必要なのはゆゆと弘樹の二人でしょ?」
ホシイモノはどんな手を使ってでも、手に入れる・・・例え弘樹がどんなにうろたえたとしても、ね。




