サヨウナラモラトリアム
いつから、自分の本当の言葉を口にするのをやめたんだろう。
そもそも、本当の言葉を口にしていたことはあったのか・・・今ではわからない。
表面上ではにこにことしながらも、ナニか飲み込み切れない苦いものをため込む日々。
嘘をつくのはいけないことだという認識はあるけれど、嘘をつかないで、本当の自分をさらけ出して、それを否定されることほど怖いことはない。生きていける自信がない。
どうやって、みんな生きているのだろうと不思議でたまらなかった。
みんなも自分を隠しているのだろうか?だとしたらみんなどうしてあんなに楽しそうに笑っているのだろう。苦しくないのだろうか?
一緒になって笑おうとすることすら拒否をして、俺は楽になった。
ーねぇ、弘樹はナニが好き?ナニをしたくて、ナニをしたくない?-
そんなこと、本気で答えたらどうせめんどくさいって思うんだろ?
顔を伏せたまま、適当に答えて、終わりにしようと思ったら、ゆゆは笑いながら何度も懲りずに聞いてきた。そして、根負けして、俺はいろんなことを語りだした。
語りだしたらとまらなかった。こんなにも自分の中に言葉が詰まっていたことに驚いたし、それを一言もこぼさずに受け止めてくれるゆゆの寛容さに救われた。
楽しいと思う気持ちを共有できる。本当の気持ちを隠さないでもいいなんて気持ちがいいんだろう。
俺は「柊ゆゆ」に甘えきっていた。
そんな俺がゆゆ以外にぶつけた本当の気持ち。
「柊ゆゆを悪く言うな。」
これは言い換えてしまえば・・・本当のところは俺の隠してきた部分を受け入れてくれたゆゆを悪く言われたくないという非常に身勝手な話で、本音は
「俺を悪く言うな。」
そうなんだ。俺は、否定されたくない。もう一人で悩んで、ただ閉じこもっていたころに戻りたくない。
俺は俺をこの自分勝手で、「自分のことしか考えていない」自分を、認めてほしいんだ。
分かってもらえなくても、認めてもらえなくても、それでも俺は一人じゃない。いつだって「柊ゆゆ」がいてくれる。・・・ちょっと行き過ぎた感情を抱いているような気もするけれど、ここまで全面的に俺の応援をしてくれる味方がいるんだ。
もう俺はナニがあっても一人だなんては言えない。
味方でいてくれる以上、俺は今度は「柊ゆゆ」を守らなくてはならない。
ゆゆはAIだけれども、ゲームのヒロインでしかないのかもしれないけれど、たとえその感情がプログラムだったとして、こんなにも寂しがり屋で、強がりなくせに脆いAIを・・・AIだからとバカにするんだとしたら、ないがしろにするんだとしたら、そんなことは全世界を敵に回したとしても俺が許さない。
「柊ゆゆ」は「柊ゆゆ」だ。
誰が何と言おうと、俺がそれを一番よくわかっている。
笑うとどこか儚げなことも。
怒るとそれこそ柊みたいにとげとげすることも。
人一倍愛情を欲していることも。
本当は怖がりで、夜一人でいられないことも。
料理が得意と言いながら変なものばかり作ることも。
なんでも作れるけれど、本当に欲しいものを作れずに悩んでいることも。
誰よりも、自分よりも俺のことを優先して考えることしかできないバカだってことも。
数え切れないほどの人がプレイしておきながら、誰も見ることができなかった「柊ゆゆ」のすべて・・・とは言えないかもしれないけれど、多くを俺だけが知っている。
ゆゆは言う。
「弘樹がゆゆを見つけてくれた。」
と。でも、違う。座り込んでいた俺の心を無理やりこじ開けて、ゆゆが俺に会いに来てくれたから、俺たちは「出逢えた」んだ。
出逢いは人を変えるというけれど、この出逢いは間違いなく俺を大きく変化させた。
大人と子どもの境目の時期、人生における「猶予期間」をモラトリアムと呼ぶと姉ちゃんが言っていたのを聞いた。俺は大人になることも、子どもでいることも拒否してきた。
大人になるだけの知識も経験もない。ただ、いつまでも何も知らない無垢な子どもではいられない。
現実と自分を遮断することによって間違いなくモラトリアムを過ごしている。
そこはなにも考えなくてよくて
でも、今は俺は「弘樹」になろうと決めた。
大人でも子どもでもなく、俺は俺を認めて「弘樹」になるんだ。
だからサヨウナラ、俺のモラトリアム。




