ねこの戦い
パソコンの電源を再びいれてからというもの、私には弘樹がこの部屋のどこかにいる気がしてならなかった。弟を感じたい。少しでもいいから、弟の近くにいてあげたい・・・そして、私は弟の部屋で生活をするようになった。弟のにおいを感じる。弟の見てきたものを見ていると、弟としゃべっているように思える。今ではこの部屋だけが、私が唯一安心できる場所になって・・・子猫のように丸くなって弟のベットに身を寄せる。
「弘樹・・・会いたい・・・お姉ちゃんのところに戻ってきて・・・もう一度、姉弟として暮らそう・・・お姉ちゃんずっとずっと・・・ひろきを・・・・まも・・・・」
その時、急激な眠気が私を襲った。まるで、この世界から存在を強制的に剥奪されるような逃れられない力が加わっているかのように・・・私は抗うことができずに眠りについた。
夢も見ないような深い眠りだった。こんなに深く眠ったのはいついらいだろうと思うくらいに。
なんだか、懐かしい声がする・・・その声にいざなわれるように重たい瞼を持ち上げる。
にじむ視界の中に、懐かしい姿が見える。
あまり大きくはない身長、癖の強い黒髪、そのわりには猫のようにちょっと吊り上がった瞳、猫の口のように口角のあがった唇・・・見間違えるはずがない私の弟。
「ひ・・・ろき、弘樹!」
何も考えられずに名前を呼ぶと弟は驚いたように目を見開いた・・・その腕の中に「柊 ゆゆ」を抱きしめながら。
私は何も考えることができず、なにも口にすることができなかった。ただ、言いようのない怒りがこみあげてきて我慢できずに歯ぎしりをしてその光景を見つめていた。弟はナニをしているの。私やお父さんやお母さんがどんなに心配してと思っているの。こんなゲームの女の子に夢中になってこんなおかしな世界をつくりあげるなんて、弟は・・・弘樹はどうしてこんなことをしているの。
違う・・・。
私の弟は、こんな子じゃなかった。ひきこもってはいたけれど、善悪の区別のつく子で、女の子なんかにそそのかされて家族を心配させるような子じゃなかった。こんなの、私の弟じゃない。
汚い、汚い汚い汚い汚い汚い汚い汚い汚い・・・・・・不純だ。
こんなことを姉である私が許していいわけがない。いけないことだと教えてあげなくてはならない。
私は、それ以上なにも考えずに、二人に駆け寄り、「柊 ゆゆ」を思いっきり突き飛ばした。
だってそうでしょう?
大事に育ててきた可愛いトマトに虫がついていたら誰だってそうするでしょ?
害虫。
弟をそそのかす・・・私の可愛い弘樹を食いつぶされるわけにはいかない。早く、早く、つぶさないと。
驚くほど簡単に、「柊 ゆゆ」は床にふっとんだ。・・・どこからつれてきたのか、もう一人知らない女の子が寄り添っていて弱弱しさをアピールしている。
弘樹がその光景を見て、悲しそうな表情をした・・・私はしまったと思いながらももう止まらなかった。
普段の私は、感情に流される方ではない。
心理学部であるのも、そうした感情というものに左右されるのが嫌いだったからということもある。
でも、今私は揺れに揺れている。
「柊 ゆゆ」が許せない。
弟を奪った「柊 ゆゆ」が。
弱いふりをして弟の同情を引く「柊 ゆゆ」が。
私と会えたのに「柊 ゆゆ」ばかりを見ている弟が。
許せない。許せない。許せない。許せない。許せない。許せない。
「害虫・・・ゲームの中の存在のくせに・・・私がこのゲームを渡さなければ、弘樹と出会うことなんかなかったのに。なにしてくれているわけ・・・馴れ馴れしく・・・身分をわきまえずに、弘樹を独り占めするなんて・・・。」
恨むべきは自分の軽率さなの?
誰がこんなことが起こるなんて言ったの?
おかしい・・・おかしいんだよ・・・私は弘樹のお姉ちゃんなんだよ!?家族なんだよ!?何年もの重みをなかったことにするなんて絶対にできないし、させない。
・・・殺虫剤・・・殺虫剤はどこ・・・?
この害虫はつぶしてもつぶしても・・・戻ってくる・・・それなら殺虫剤を使わなければ。
今だって、膝をつきながらもこざかしく私を見て笑っている「柊 ゆゆ」という存在を、今すぐにこの世界から、跡形もなく・・・
「消さなきゃ・・・消毒しなくちゃ・・・抹消しなくちゃいけない。」
私が姉として弘樹にしてあげられること。
弘樹にこのゲームを渡したのは、まぎれもなく私だから・・・私がこの間違いを正さなくてはならない。
そう、こんなおかしな世界には終止符を打たなくてはならない。
それができるのは、こうしてまた弘樹に会うことのできた私だけ。
お姉ちゃんの愛の強さを、みせてあげるから。
すぐに終わりにしようね・・・こんなおかしくて、あってはいけない世界。
私は「柊 ゆゆ」を弘樹の前で、悪として駆除して見せる。それが姉としての大切な役目だから。




