ただいま
ゆゆがいない。
ゆゆがいなければ、俺はこの世界のなかで、たった一人になる。シーンとした部屋。ゆゆという音がない。温めることのない料理。味はしない。ただ食べることができるというだけのもの。文字のつらなりの本。面白味も、なんの感情も抱けない。ただの文字。
ゆゆがいないと、俺の世界はすべてのものが意味を無くす。
それは、時間すらも同じで、ゆゆがいなくなってから何時間たったのか、それとも何日たったのかそれすらも俺には把握することができない。
ゆゆがいなかったとき、一人で過ごすのが好きだった。でも、どうやって一人で過ごしていたのかが思い出せないくらいに、俺は「柊 ゆゆ」という存在に依存し、満たされ、共に生きてきた。
「ゆゆに・・・謝らないといけないかな・・・。」
悪かったとか、そういう感情よりもなによりもゆゆと離れ離れの今の状況に耐えられなかった。
なんでもいい、こうしてゆゆを感じられなくなって、ゆゆに謝りたいと強く、それだけを願っている。
「ただいま、弘樹。」
そんなことを何十周も考えていたら、なんの気配もなく、前触れもなく、ゆゆは帰ってきた。
しかも、誰だかわからない女の子を肩に担いで・・・その姿は「あ、この子?ちょっと拉致ってきちゃった☆」くらいの軽さで、俺は開いた口を閉じることができずにいた。
「ひろーき!ただいま、だってば!もう!」
その驚きを俺が「ただいま」を聞いていなかったと思ったゆゆが、ほっぺたを膨らませてすねる。久しぶりに見るその反応はすごく・・・すごく可愛いのだけど、とりあえず、その女の子を下してほしい。一体その細い腕のどこにそんな力があるんだよ!俺が同じことをしようとしたら確実に脱臼する。
とにかく、とにかく先に女の子を気にしたら負けだ。落ち着いて迎え入れないとゆゆは話をしてくれないのも経験上わかってはいた。
「お・・・おかえり、ゆゆ、聞きたいことがいっぱいあるんだけど。」
いっぱいあったし、謝りたいし、聞きたいことは増えていく一方だし、てんやわんやだな、俺。
「ゆゆね、いろんなことを見てきたし、感じてきた。今まで知らなかったこともたくさん・・・そしてね、弘樹とゆゆがどうなっていくのが一番いいのか、気が付いたの!弘樹と離れるなんて、すごーく辛くて苦しかったけど、離れてみないとわからないこともあるって本当なんだね・・・まぁ、もう離れないけど!」
「ゆ、ゆゆ・・・あのさ、ごめん。とにかくごめん。」
「ん?なんで弘樹謝っているの?」
「いや、とにかくゆゆに会ったら最初に謝ろうて決めていたんだ。だから、ごめん。」
ゆゆの顔がぱぁーっと明るくなり、両手を広げて俺に飛びついてくる。
俺は、そのゆゆの勢いに押されて倒れそうになりながらそれを受け止め・・・きれいに放り投げられていく女の子の姿に顔を青くした。ごすっと・・・なにかしてはいけない音がしたような気がする。
俺の名前を呼びながら、顔をぐりぐりと押し付けてくるゆゆを抱きしめながら、目だけは、女の子から離せなかった。
「いたーぃ・・・もう、なにがあったの?」
信じられないことに、何事もなかったかのように女の子が立ち上がった・・・若干左右に揺れてはいるけど。
その声で、ようやくゆゆは、自分がしてことに気が付いたようで、俺の首に手をまわしたまま、首だけ女の子の方を振り返った。
「あ、あずさ、目が覚めたんだ?なんかあの男、あずさに薬盛ってたみたいで、あずさ寝ちゃってたから勝手につれてきたよ。」
「同意なし!?」
最初に見たときに予測したのと大して変わらない内容だった。ついでに発言の中になにか危ないワードがちりばめられていたような気がするが、もう突っ込むところがわからない。
「そうだったのー!!ありがと、ゆうな!!もうやんなる、あのオヤジ絶対ゆうなを狙ってたよ、ほんと許せない!次どこかで見たら確実にさばく!!」
・・・ドメスティックだった。
女の子が三人寄れば姦しいというんだけか?なら、大きな間違いがある。確かにこの場は三人になったことに変わりはないが、俺が男だということだ。
「あの、ゆゆ・・・その子は?」
「あれ、ゆうな、その人だれ?」
かぶってしまった。女の子は何故かゆゆをゆうなと呼んでいるがゆゆも特に気にしていない。一体なにがあって今に至るのかなんにも想像できない。
「弘樹、この子はあずさ、ゆゆの大事なお友達、トクベツに呼んだんだ。ゆゆと弘樹の関係を完璧なものにするために。あずさ、こっちは弘樹。私の大事な大事な・・・世界一特別な愛をあげる相手。私を見つけてくれたトクベツな人・・・意味わかるよね。」
どちらに対しての確認だったのかわからないが、あずさと紹介された女の子は、嬉しそうにうなずいていた。俺は・・・ゆゆの言葉に秘められた意味がつかめないままだった。
「そうなんだ、ゆうなついに出会えたんだね・・・うんうん、弘樹さんすごく素敵、優しそうだし、誠実そう・・・あんな奴らとは違って・・・。でも、弘樹さん私、もしあなたがゆうなのことを傷つけたら・・・何するか分かりませんからね。」
ナイフのような言葉とともに握手を求められる。ゆゆを愛するなら、周囲へ対しての攻撃性を持ったナイフにゆゆを愛さないのならその攻撃性は俺へ向けられるのだろう。
意を決して、ゆゆ以外の人間の手を本当に久しぶりにとる。
「俺は、ゆゆを傷つけないって決めたんだ。だから安心していいよ。・・・ただ、もし俺がゆゆを知らずに絶望させたなら、その時は、君の手じゃなくて、ゆゆの手で殺してほしい。」
ゆゆを見つめる。
これは、プロポーズだ。
俺はゆゆを裏切らない。ゆゆと生きるその決意を第三者に見せること・・・そうかこれがこの子をわざわざこっちにつれてきた理由。
ゆゆの表情は恍惚としている。
ガラスの靴がぴったりだったシンデレラはこんな表情をしていたのかもしれない。
俺の言葉は、ガラスの靴になれたみたいだ。
「第三者に承認されて、新しい面を見つけてゆゆと弘樹は永遠になる。ありがとう、あずさ。ありがとう、弘樹、愛してる。」
俺たちはお姫様からそれぞれに光栄な言葉をもらい、シアワセになりました。
めでたし、めでたし・・・・・・・・・・・では、まだ終わらないのがゲンジツだということをこのとき俺はすっかり忘れていた。




