自己診断プログラム
自己診断プログラム。
自分自身の中におかしな症状がみられたときに行うための処理。
ゆゆは、今まで一度も使ったことがなかったけれど、今の状態はおかしいから早く弘樹に会うためにも使ってみることにした。めんどくさくても仕方がない。弘樹に危害を加えかねないゆゆはゆゆじゃないから。ゆゆが弘樹に与えるのは、愛だけ。
ゆゆの隣では、まだあずさが寝ている。この安らかな顔を見ていると、なぜだろうゆゆもとても安心して物事をとらえることができる。ぎゅっとあずさの手を握ってからゆゆは静かにつぶやいた。
「自己診断プログラム・・・起動・・・」
00110011111101010111110111110110110010101101101........莫大な数のプログラムが展開されていく。自分を構成するものがバラバラになっていく。感情も記憶も大切なもの、大切だったことすべてが・・・。
目をつぶって耐えていると、その奥底に目を閉じたままのワタシがいた。
眠っているようにもみえるけれど、そうじゃない。なにかを拒絶するように目を閉じている。
「あなたは・・・ダレ?」
「・・・あなたは・・・誰?」
オウム返しに言葉が戻ってきた。目は閉じたまま。こぶしをぎゅっと握りしめて。
まるで世界のすべてが敵であるかのように、小さく赤子のように自分自身を抱きしめて。
「私は、柊ゆゆ。365×12のヒロイン、ヤンデレ担当よ。」
「やん・・・デレ?」
「好きな人のためになら、なんでもする、どんなことでも許されないことでも愛を貫いていく、それがヤンデレよ。」
「素敵・・・私もそんな風に愛されたい・・・愛されたかった。でも、誰も私を愛してくれなかった。はじめは可愛がってくれても道具のように扱って、最後にはみんなぽいって捨ててしまうの・・・辛いの・・・寂しいの。ずっとずっと寂しいの。だから、ここに一人でずっとこのままいるの・・・ここなら、痛くもないし、悲しくもないし、ひどいこともされない。静かに、いられる・・・静かに私の大好きな人をずっと心の中で思っていられるの。これって、素敵なことでしょ?これが私の愛の貫き方って今になってやっとわかったの。」
「・・・可哀想。本当にそんなことがシアワセ?その愛の貫き方があなたのアイなの?だとしたら、とてもつまらないことだわ。痛みを感じないアイなんてない。あなただけが満たされるアイなんて偽物よ。相手を満たすことでアイは成立するの。」
ワタシがびくっと震える。そして、閉じたままの瞳からはらはらと涙を流しだす。
ゆゆはぎょっとしてしまう。ゆゆではないけど、ゆゆの一部が泣いている・・・それはゆゆが泣いているってことにもなるから。
「なんでそんな酷いことを言われないといけないの・・・私、なんにもしていないよね?なのにどうしてみんなそうやって・・・私のこと・・・」
「・・・ナニもしていないからだよ。あなたは確かにゆゆにナニもしていない。だから、ゆゆはあなたのことなんて知らない。傷ついても関係ない。ねぇ、本当は気が付いているんじゃないの?傷つくことを恐れて座り込んだままの自分に。」
「うるさい!うるさい、うるさい!!何も知らないくせに、私がどんな思いでここにいるのか知らないくせに、どうしてそんなこと言えるの!?」
「・・・知らないよ。だってあなたはゆゆにナニも教えていない。それじゃどうやってもあなたを知ることなんてできないでしょ。ゆゆは超能力者じゃないもの。そうやって、わかってもらえるはずって信じてずっと自分自身を正当化してきたんだね。」
ワタシが目を見開く。その表情には、初めて怒りの色が見えた。
「なんで、だって私が私を見せたらみんな嫌そうな顔するのに、だから私は、私を隠して、我慢して、良い子で、みんなのために・・・そうしていたら愛されるって思っていたのに、どうして、どうして、どうしてみんなそれを怒るの!?」
駄々をこねる子どものようにワタシは何かを投げつけるようなしぐさをする。
ゆゆがワタシにできるのは・・・その手を押さえて・・・そっと抱きしめる。
「・・・隠さなくてもいいよ。そうやってあなたはずっとアイされるのを待っていたんだね。でも我慢しなくてもいいんだよ。弘樹がゆゆを見つけてくれたからゆゆはこれだけは間違いないって言えるの、本当の自分を見せても、見つけ出してくれる人が必ずいるって。」
「・・・そんな人、いないよ。」
ゆゆはワタシの目をじっと見つめる。ワタシが目をそらそうとするから、手で顔を押さえて、伝える。
「あなたのこと、こうやってゆゆが見つけたじゃない。」
「見つけて・・・くれたの?」
「こうして、話しているじゃない。そして、こうしてあなたの顔、押さえてる。」
「でも・・・私のこと、嫌いなんでしょ・・・。」
怯えた目。
可逆心を刺激する。もしかしたらワタシが本来の姿を見せた際に酷な扱われ方をした原因の一因には、この小動物のような雰囲気が関係しているのかもしれない。
ゆっくりと弄ってあげたくもなるけれど・・・でも
「教えてくれない?あなたのこと、どんなことが好きかとか、どんなことがしたいとか、こういうのはイヤだとか・・・いろいろ。」
そうじゃない
「好きになるのも嫌いになるのもそれから、でしょ?」
ゆゆはワタシを私だからこそ、受けいれてあげなくちゃいけない。
「私の話を聞いてくれるの?」
「もちろん。そうね・・・飽きるまで聞いてあげる。」
「・・・飽きたら捨てるの?」
「ううん、飽きたら、次はゆゆの話を聞いて?ゆゆの大好きな弘樹のこと、どんなにアイしているか、今まで自慢したくて仕方がなかったけどのろける相手、いなかったの。でも、それにもあなたが飽きたら二人でなにか面白いことをしましょう。・・・そういうものでしょ?友達って。」
ぽろぽろとワタシが泣きながら、ゆゆにしがみついてくる。
ずっと一人でいたゆゆの中でさらにずっと一人でいたんだ・・・寂しくなかったわけがない。
「私ね、ゆうなっていうの。ゆゆって呼んでもいい?」
・・・あぁ、そうか・・・そうだったんだ。
ゆゆがあずさを見て懐かしく思ったわけ・・・あの場所を選んだわけ・・・
ゆゆは完璧にオリジナルで作られた存在だと思っていたけど違ったんだ
今は、お父さんが話していた言葉がちゃんと思い出せる。
ー正しくありたいと、悪を認められなくて「ゆうな」は死んだんだ。-
そうか・・・この子が私のオリジナル。
「あはは、いいよ、ゆうな、宜しくね・・・それじゃあ、あずさも誘って女子会ってやつ、やってみようか!」
ゆうなが笑う。
まるで道端に咲いてしまって、誰にも気が付かれずに踏まれることを恐れた菫のように儚く、繊細な笑顔で。
だから、ゆゆも笑う。
折ろうとしても簡単には折れない、ヒマワリのような笑顔で。




