依存
「ゆなー、見てみてこのパフェ、すごくおいしそうなの!半分こして食べたいねー。」
「あはは、女の子は甘いものが好きだね。あずさちゃん、ゆなちゃん食べたかったらどんどん頼んでいいんだよ?」
「おじさん優しいー、ほらほら、ゆな、チョコとイチゴどっちにする?迷うねー!」
カラオケに入ってからというもの、あずさは私のことを「ちゃん付け」ではなく親しげに「ゆな」と呼ぶようになった。必要以上に私にすり寄ってきて完璧に私に「依存」しているのがわかるようになった。
悪い気分はしない。「依存」させることは私にとっての本能のようなものだ。そして弘樹に「依存」することが私にとっての生きる道だ。適切をいきすぎた距離感がかえって気持ちいいのが私の属性なのだ。
チョコかイチゴか迷うのならば・・・。
「両方。」
「あ、それいいね!ゆなとあずさで半分こすればいいもんね!」
「おー、ゆなちゃんは意外に欲張りなんだね、いいよ、両方頼んで。甘いもの好きなんだね。」
意外とでも何でもない、ゆゆははじめから欲張りだ。手に入らないものばかり羨んで生きてきた時代に戻る気はない。欲しいものは手に入れる。どんな手を使ったとしても。いまだって弘樹を完璧に手に入れるためにこうしているだけにすぎないのだから。
謙虚に生きていたっていいことなんかない。欲しいものは欲しいって言わないと、サンタだってそんなものわからない。だから手紙をしたためるんでしょ?願っているだけで奇跡は起きない。奇跡を起こしたいのなら石をつまなくてはならないのだ。それこそ軌跡のように。
石も石じゃなくて硬いだけじゃなく柔軟で熱い意思、をね。
「甘いものより・・・好きなものはあるけど、それはもっと甘いもの。」
弘樹を思い浮かべると、それだけで頬がとろけそうになる。弘樹は甘い。甘くて甘くて、綿あめのように儚い、なめたらとろけてしまうから、大事に大事に少しずつなくならないように、ゆゆが管理しなくちゃならない。あぁ、弘樹待っていてね、すぐにこの世界のことをたくさん学んでゆゆは帰るから。
弘樹のことを考えて、陶酔していたら二人が同じような顔をして私を見ていた。
「・・・絶対に・・・ホテルつれてく・・・」
「ゆな、いろっぽい・・・」
ふやけたような二人をしり目に私は運ばれてくるパフェを見る。堂々とそびえたつパフェ。
この世の女の子のシアワセをこれでもかと乗せましたと言わんばかりの姿。タノシイ、ピンク、ヒンヤリ、チョコミント、シュワシュワ、ミズイロ・・・あぁ胸やけがする。
女の子のシアワセがこんなものですべてだとしたらなんて単純なんでしょう。
そんな単純じゃないから、ゆゆがここにいるわけですが。
ゲンジツはどっちって、このチョコレートよりも濁った色でしょ。
「さぁ、さぁ、ゆなちゃん!もっとこっちにおいでよ!お酒も飲めるよね?好きなだけ飲んでいいよ。」
「やん、ゆなぁー、あずさと一緒に歌おうよー、あ、でもゆなの邪魔しちゃだめだね。ゆなの歌はすごいからなー。」
この二人がなんでこんなにゆゆを持ち上げるのかもわからないけれど、壊れた感情を見るのも勉強になる。弘樹をゆゆで壊すことも必要だから。そうでもなければ、あずさはまだともかくこのおじさんと一緒にいる意味は特にない。でも、今現段階ではいろんな意味でサンプルとしてつかえるからあまり無下には扱わないでおいてあげる。下心が丸見えなのも特別に、見ないふりをする。男の望む者の参考になるのなら、それは知らなくてはならないから。
しばらく、何気ない時間がすすんで、異変は起きた。
あずさのあくびの回数が増えたと思ったら、そのまますやすやと眠り始めたのだ。
「・・・あずさちゃん寝ちゃったね、ゆなちゃんは大丈夫でしょう?」
男がにやりと笑う。瞬間、疑惑が確信に変わった。この男があずさの飲み物にナニか入れたんだろう。
そこまでしてあずさをこの場から排除しようとするということは、この男はゆなとの関係を・・・二人っきりで進めることを期待しているのだろう。
それなら、それにあわせて、私もいやらしさを込めて微笑む。
「えぇ、どうしてかな、平気みたい。・・・あずさ疲れていたのかな。」
「あずさちゃんは、日に何人もの男性とデートしているからね、疲れているんじゃないかな・・・でも、ゆなちゃんは違う、もっと純粋で、綺麗だ。俺はね、女性に処女性は求めていないよ、でもあまりにも本能のままに生きるのはね。」
チラッと差別的なまなざしをあずさにむけている。
「・・・本能のままに生きるのはいけないことかしら?」
「いけないことではないよ、でもね、日に何人とも寝るような阿婆擦れは生理的に受け付けないかな。」
「あなたも本能のままに生きているんじゃないの?」
「あはは、痛いところをつかれたね。確かに俺もゆなちゃんに対して本能のままに接しているね。でもね、ゆなちゃんにだからなんだよ・・・ゆなちゃんとだからしたいんだ。」
「したい?ナニを?」
「あはは、本当にわかっているくせに焦らしてくるね。」
男が足に触ろうとしてきたときに、寝ているはずのあずさがその手をがしっと掴んだ。
私たちは驚いてあずさを見つめる。
「・・・汚い手で・・・ゆなに・・・触るな・・・ゆなは・・・汚れちゃいけないんだ・・・」
「ひっ!こいつ、なんで・・・催眠薬は・・・。」
地獄の底から這い出ようとしているかのような形相で、思わず短く悲鳴をあげた男を見上げるあずさに、ゆゆはぞくぞくしていた。いいね、その表情、すごく好き。愛憎に満ち溢れた壊れた感情。
弘樹がいなかったら惚れちゃいそうよ、あずさ。
もっと、もっと見せて、ゆゆにあなたのヤンダ表情をもっともっと!!!
ぷるるるるるるる、ぷるるるるるる・・・・
カラオケの予定時刻終了を告げる電話がフロントから来たらしく、男はこれ幸いとばかりにあずさを引き離し、「会計してくるからね」と小走りで部屋から出て行った。
きっとそのまま逃げるであろう男の後姿を見つめながら、ゆゆは静かに実体のない体のまま、あずさを抱きしめていた。




