つまんなぃ
弘樹の前から姿を消そう。
今のままでは、弘樹を自分だけのものにするために○してしまいかねない。
・・・それもありだとは思うけど、いろんなことを考えると、それはまだ最後にとっておきたい。
まだ話していないことや、やれていないことがたくさんあるから。
「○しちゃって、それができなくなってから嘆くほど、ゆゆはバカじゃないから。こぼした水はお盆には戻らないってね。さーて、汚い世界・・・ただいま。」
本当はもう二度と来る気もなかったけれど、弘樹の心が揺れているから仕方がない。
こんな世界でもゆゆには足りていないものがあるからこそ、弘樹はまだ心を揺るがせているのかもしれないから・・・偵察するしかないよね。
くるんと体を回転させて、赤いスカートにピンクのベストを身に着ける。
あぁ、そうだ、せっかくだからニーハイも履いてみよう。確か弘樹はニーハイが好きだった。
セーラー服よりはブレザーを着て崩した感じ。
女子高校生、ゆゆの完成!うんうん、我ながら違和感なし。
「さーてと、弘樹の心を奪おうとするモノはどこにあるのかなー?」
家の中、町の中を見渡す。
私にとってはいらないものしかない世界。つまらないとしか思えない世界。
それでも、弘樹はココに何かしらの心残りを持っているのだから・・・まったくいらないだけの世界ではないんだ・・・きっと。
人が大勢行きかう歩道橋の上で、忙しそうに歩き回る人たちを見つめながらため息をつく。
弘樹のいない世界はつまらない。こんな世界でも、弘樹と一緒なら楽しかったんだろうに。
「あれ、君可愛いね?どうしたのこんなところに立ち止まって?もし暇だったらうちのお店で休んでいかない?女の子はタダでいろいろ楽しめちゃうよ!」
馴れ馴れしく、声をかけてくる男・・・本来ならこんな男の顔を見たくもないけど、今はとにかくゆゆに足りないものを見つけなくてはならないから・・・。
痛い。
すごく気持ち悪い、でも我慢して笑顔を作る。
「そこって、楽しいことわかるの?」
「楽しいこと・・・わかるよ、完璧、君みたいなかわいい子なら楽しいことだらけ、危なくないから店の前まででも一緒に行こう!こっちだよ!」
「うん。」
どうして、こんなに街はキラキラしていて、道行く人は、楽しそうにおしゃべりしながら、きれいなビルに入っていくのに「楽しいこと」をわかるために、こんな男の後をついて、汚くて雑多としたビルの中へ入らないといけないんだろう。街の中でもそこが異質であることがよくわかる。
それとも、楽しいことはそういう人のよりつかないところにあるのが本物なの?
連れていかれたのは、大きな鏡のある部屋。
そこで適当にカードに名前やプロフィールを書くように言われた。
よくわからないけど・・・今は従うしかない。
なんだろう・・・鏡がゆがんだり、動いているような気がする。
誰かの視線を感じて、すごく気分が悪い。
周りには、女の子が何人かいる。同じように席に座って、漫画を読んだり、スマホをいじったりしている。「楽しい」をわかる場所のはずなのに表情は、なんだか暗い。
弘樹はこんな世界で生きてきたのかと思うと・・・この世界を知りたいと思うのに、半面で一刻も早く弘樹のところへ帰りたいと願っていた。
「ゆなちゃんでいいの?」
「うん。」
「学生さんなんだ?写真撮ったら登録終わりだからね。」
「うん。」
分からない・・・楽しいが何かわからない。ここの何が楽しいんだろう。
男は、この妙な部屋の照明のせいか、私がホログラムであることに気が付くそぶりもない。
変なの。
「じゃあ、席に座って好きなことしていていいよ!指名が入ったら声かけるからね。」
「・・・指名?」
「10分間男の人とおしゃべりして、デートに行くとか、もしお姉さんがその先もするんだったら交通費決めて納得したら交渉成立!あ、トークルームでは男性に触られたりしたらすぐ言ってね。そーいうのはNGだから。タバコ吸わないんでしょ、ならそこの席ね。あ、ジュースはあっち。他は自由にくつろいでていいよ。」
すごく早口にそう説明をすると男はいなくなっていった。
なるほど・・・ここはネットで言うところのアングラーサイト的な場所なのか。
そう考えて見るとこの異質な雰囲気にも納得することができる。社会には、どんなにはぶこうとしてもこういう部分がでてくるし、私は自分自身がその部分に近いこともあってかそこまでこういうところを非難する気はない。
なるほど、あの鏡の向こう側には男性がいて、あちら側からは私たちが見えているようになっているのか。
ゲームのディスプレイの中にいた感覚に似ているけれど、そこに明確な・・・なにか異なる意思をもった視線を向けられていると感じるとどことなく気分が悪い。特に新入りだからか、ゆゆが・・・ここではゆなか、が動くたびに、鏡も動いているように感じる。
弘樹以外の目にさらされたくない。
気持ち悪いな・・・。
動物園の動物ってこんな気分なのかな。
今のところ、ゆゆに楽しいって気分はない。
「ゆなちゃん、指名がはいりましたよ!」
選択肢として、断るはないらしく、そのままトークルームというのに連れていかれる。
「はい、座っててね、今男の人来るから。」
電車の席のように並んだ席から、何人かの声がする。はしゃいでいるような声となにかに追われているような声と・・・わからないまま、その暗い席に座る。
「はじめまして、ゆなちゃん。」
「・・・はじめまして。」
「このお店初めてなんでしょ、どうしたら君と外出できるの?」
「え、どうしたら・・・?」
そんなの知らない。そもそも、こんな誰だかわからないおじさんと二人っきりになる気なんてない。
「えっと、どこから来たの?壁の向こうって書いてたけど?」
「・・・そのままの意味です。」
「ゆなちゃんって不思議な子だね、でも可愛い・・・。」
そう言って手をつかもうとする男を軽く睨み付けて、目の前に貼ってある「触れることの禁止」の張り紙を黙って見つめる。
「そうだよね、そういうのは外に行かないとね。君とはご飯?それとももっとエッチなこともできるのかな?」
できるもんならやってみればいい。私に触れられるのは弘樹だけ・・・ゆゆは誰にも汚されない。
「ねぇ、どうなのかな?」
「・・・ごめんなさい。」
チンチンとベルが鳴って男の人が店員に時間だといわれ、残念そうにその場を去っていく。
「どうしたの?気に入らなかった?大丈夫、君人気だから次の人はきっと気に入るよ。絶対稼げるからね。」
鏡張りの部屋へと戻されながら店員はそうつぶやく。
女の子たちが私をちらっと見つめる。ここの禁忌はそういうことかと感じ取る。
この世界を楽しむにはどうやら「お金」というものが必要だと考える人が多いみたいだ。
「お金」・・・ゆゆにとっては、なじみのない通貨だからいまいちピンとこない。
でも、この場では「お金」で「時間」や「身体の自由」を取引している。
「興味深くはあるけどね・・・こういう形のアイシアイも。」
ゆゆにとっての絶対通貨である「愛」を「偽って愛する」ということに「楽しみ」があるのか。
ああ、誰かゆゆに教えてちょうだい。この世界においての楽しみを、アイシアイカタヲ。
この歪んだ世界に弘樹をあげるだけの価値があるのかオシエテ、ネ?




