ヒイラギ ユユとゲンジツ
「・・・ねぇ、起きて・・・」
「・・・き・・・ね・・・聞こえて・・・」
頭がやけに重い。それになんだか霞がかかってしまったかのように、音が反響している。
いつの間に寝てしまったんだろう・・・。
ぼんやりとそんなことを考えていた。
なんだか不思議な感じがする。
いつも寝ている布団とは違った・・・やわらかくも、暖かくもない、妙な感覚。
「もう、おーきーて!!」
急に体が左右に大きくゆすられる感覚に、俺は焦って重たいまぶたを開ける。
目の前には、明るく軽くウェーブのかかった髪が揺れ、見慣れた大きな瞳が俺を見つめていた。
淡い空色の瞳・・・それが、なぜか海の底のように暗い。
・・・見つめて?
・・・頬に触れるネコの毛のような感触・・・。
その違和感に気がつくまでにまただいぶ時間が必要だった。
「良かった・・・やっとゆゆをミテクレタ。やっとゆゆがフレラレルトコロニキテクレタ・・・。」
聞きなれた声。
声優の名前は何だっただろう・・・どちらにしても、彼女はこんなどこまでも吸い込まれていってしまいそうなトーンの声で話をしていただろうか。
「・・・ゆゆ?」
確認するように名前を呼ぶと、目の前の少女は、とても・・・とてもとても嬉しそうに頬を緩めた。
「うん、ゆゆだよ、弘樹、やっと逢えたね。ずっと待ってたんだよ、弘樹なら必ず、ココに来てくれるって信じてた。ウレシイ、本当に・・・ウレシイ。」
そのまま、綿のように柔らかな感触に抱きしめられて、俺は固まるしかなかった。
・・・どうして?
耳元に感じる暖かな息遣い。
身体に感じる、自分とは違った骨格。
紛れもない・・・目の前の少女のもの。
触ることなど出来ないゲームのキャラが俺を抱きしめている。
「どういう・・・こと・・・だ?」
見渡せば、そこは自分の部屋ではなく、ディスプレイの中で見てきたゆゆの部屋。
対面の大型ディスプレイの中に見覚えのある部屋がうつっていることに気がつく。
「・・・あれは、俺の部屋?」
「あ!そうか、ゆゆ・・・男の子お部屋にあげるの・・・はじめてだから」
「そういうことじゃない!」
恥ずかしそうに、ゆゆが俺から離れて、部屋の中を見て!とばかりに手を広げる。
いや、そういうことを聞きたいんじゃなくて・・・。
どうして、俺の部屋がディスプレイに?
「・・・弘樹・・・せっかくなのにドコヲミテイルノ?ねぇ、ユユヲミテヨ?ここには、ユユシカイナイ・・・弘樹をクルシメルモノハなんにもないんだから・・・」
夢を見ているのか。
きっと・・・夢を見ているのだ、よくできた夢を・・・。
「・・・どうして、ユユヲミテクレナイノ?」
ピリッとした痛みが腕を伝う。
「ねぇ?ユユヲミテ…」
ドクン、ドクンと…腕が脈打つ。熱さが襲うそこを恐る恐る見ると、赤いものが流れていた。
鈍い痛み…。
そこには、白く小さな手が握り締めた万年筆が刺さっていた。
そうだ…ゆゆは絵を描くのが好きで、ゲーム内で万年筆をプレゼントした時にすごく喜んでいたな。
「弘樹からもらった宝物、すごく、すごく、役に立ってるよ。」
あの時と同じ笑顔…なのにナニかが決定的に欠けていた。
腕を伝う赤い液体が指先に達したとき、俺は自分が知らないゲンジツへと足を踏み入れていることに、気がつき始めていた。
ここは…柊ゆゆの…ゲンジツ…。