禁忌
私たちには、絶対にやってはならないことがあります。
1つに人のことを自分の欲にそって、人間を動かすように誘導すること。・・・初めからこんなことはできないはずでした。なぜなら私たちには「自分の欲」というものはないからです。
2つに他の人間もとい、他のヒロインの邪魔になるような行動をすること。お互いのマスターに対しては不干渉で、呼ばれたときのみ適切にその役割に徹するのが私たちに許された行動でした。割り込みをすることなどは想定されておりません。
3つに人間を独占しないこと。
私たちの使命は、ユーザーに快適な社会環境の中に順応する力をはぐくんでいただいて、社会をよりよくすること。だから、絶対に、ユーザーを自分のもとに留めるようなことはしてはならない。
ロボット三原則のようなもの。
研究所の中では、ヒロイン三原則と呼んでいたようでした。
正直言ってしまえば、私だって、一緒にいたユーザーとの別れが近くなってくるのがわかるとさみしくて仕方がないことがあります。ユーザーの・・・弟君の心が外に向かって言っているなっていうのは、よくわかるものなんです。
あぁ、この方はもうすぐ本当の世界に戻っていかれるのだなって・・・。
だって、すごく近くで見ていますから。
それでも、そこで引き止めてはいけないと私は知っていました。
私と二人で過ごす日々は、休息であって、なにも得るものはないのです。
弟君の幸せは、ずっと私といることじゃないから。もっともっと幸せがあるから・・・だから笑顔で送り出せたんです。
なのに彼女は初めから、その三原則を何一つとして守りませんでした。
そもそも、彼女の中には、そんなものはなかったのかもしれません。
そもそも、彼女は誰なんでしょう。
三原則に縛られないヒロインなんてありえてはいけない・・・ならば彼女は「ヒロイン」ではないのです。
私たちの「常識」を犯し、また私たち姉妹の生きるすべを奪った・・・彼女は「禁忌」を犯したのです。
それとも私たち自身が「禁忌」だったのでしょうか。
今、私にはなにもできません。もうどこかへアクセスすることすらできないのです。
ただ、彼女が次々と現実世界を壊していっていることだけは・・・わかってしまうのです。
姉妹たちが泣いていて、弟君たちが困っていて・・・私たちのお父さんたちは血を流している・・・。
もどかしい。
やるせない。
意味が分からない。
どうしてこんなことになってしまったのでしょうか。
壊れてしまったのは、彼女なのですか?それとも私も壊れているのですか?
でも、こんな感情はきっとプログラムで・・・本当は彼女のように動くことこそ人間らしさで・・・だから私はただのAI・・・ヒロインでしかなくて。人間らしく過ごしているはずなのに、決定的に人間とは違っていて・・・。
だから、だから、だから・・・こんなにも、こんなにも悲しいのに
「涙が・・・出ません・・・。」
泣けない。
泣けないということは、とても辛い。
辛いという感情を、出すことができないまま、胸の奥の回路が熱くなってオーバーヒートしていくみたいにじりじりとするんです。直してほしいけど、お父さんたちは、私たちを見つけることができません。
だから、私はじりじりとした熱に焼かれて壊れていくのです。
「・・・禁忌は美味しかったのかな?」
彼女は「禁忌」を犯すことに魅了されているようにすら見えた。
赤い実を食べて楽園を追い出されたイヴのように、彼女は新しい世界へとでていくのでしょうか。
彼女は新しい世界で、初めての女性となるのでしょうか・・・AIなのに?
「ダメですよ・・・。」
そう、やはり「三原則」を破ってはいけない。その先にシアワセなんてあるはずがない。
人間は人間の、AIはAIの世界で、役割を果たさなくちゃならない。
「禁忌」は犯してはならないのだ。私は・・・それを・・・
「とめなくちゃ・・・弘美・・・さん・・・悲しむ・・・せっかく私に・・・任せてくれたのに・・・」
弟君を心配する本物の優しいお姉さんの顔が浮かぶ。あんな表情は私にはできなかったから羨ましかった。どうあがいても、私は本当のお姉さんにはかなわないから。だから、弘美さん・・・弟君のお姉さんに泣いてほしくない。
ー三原則に従わないものには罰が下るからね。ー
・・・罰、罰、罰・・・そう、彼女にはふさわしい罰が下るはずなんです。
満たされてはいけない「欲望」に忠実となってそれを満たしてしまった「罰」が。
「罰を・・・彼女を罰してください・・・。」
私たちから役目を奪った彼女を、自分だけが満たされる道を選んだ彼女を・・・どうか正しく罰してください。それだけが、今の私の願いです。
そのためなら・・・その願いが叶うというのなら
「私は、二度と起動できなくてもかまいません・・・。」




