柊 ゆゆとの日常
あの日以来、ゆゆとの生活がスタートした。
どうせ今までのヒロインたちと同じ様に、わかったふりをして俺を励まそうとでもしてくるのではないかと、疑っていなかったと言えば嘘になる。
所詮はゲームだ。
暇潰しでしかない。
やれやれといってきた姉へのお膳立ても十分だ。
ゲームオーバーになるというのなら、それまででまた他のゲームでもすればいいと。
だが、ゆゆは変わらない。
毎日、同じ様に微笑みかけてくる。
ゆゆは俺に変化を求めることもない。
そんな日々が、三ヶ月以上も経過している。
「弘樹ー私、着替えてくるから…覗いちゃダメだよ?」
「はいはい、覗かないから安心しろって。」
一応、声をかけてゆゆは部屋の…といってもディスプレイの中だが…奥へとむかう。
着替えるのを覗くという考えはなかった…今までのヒロインたちは一瞬で服装を変えていたから、いったいどうやって覗けというのかと思って、チラッとゆゆを目で追ってみた。
パジャマの上を羽織ったままのゆゆ。
可愛らしいくまさんと目があった。
「え…く、くま?」
「ちょ、弘樹!?私、着替えるって言ったよね!?とにかく今すぐ、何も見ないで反対むいてー!」
真っ赤になったゆゆが、こちらにパジャマのズボンを投げつけてきた。
…パジャマの…ズボン…と言うことはやはりさっきのくまさんは…。やはり。
「くまさんパンツなんて意外なの履いてるんだな…。」
感想はそこじゃないような気もしたが、思わず呟いてしまうと「馬鹿ー!」と怒鳴る声が響きわたった。
こんな細かいモーションまであったなんて…なんだろう、今までのヒロインたちも好感度があがればこのようなイベントがあったのだろうか?
尋常じゃないくらいにまで…作り込まれている。
さすがは、あれだけの人間を夢中にさせただけはある。
たかがゲームにこんなにも人間味を与える必要性があったのだろうか…などと考えていると、不機嫌そうなゆゆが珍しく薄い桜色のフリルのついたワンピースを着て戻ってきた。
「…たまたま、なんだからね。」
「なにが?」
「…だから…くまさん…たまたま、他のが乾いてなかったの!」
「あぁ…たまたま、な。」
ゲームなのに?とツッコミをいれるのは、無粋だし…なによりゴニョゴニョと呟くゆゆが可愛くてしかたがなかった。
でも、このままでいるのは気まずい。
「似合ってる。」
「く、くまさんが!?」
「ワンピース…珍しいから可愛いよって。」
「あ…えへへ、一日弘樹と一緒だからおめかし、してみたの。」
膨れたり、素直に喜んだり、俺のためにとおめかしをしてくれたり、こんな子がそばにいてくれたならどんなに幸せだろう。
今でも十分、ゆゆと出会う前からみたら奇跡のような日常だ。
自分がこんなに人間らしい感情を持っていたことを教えられてしまった。
ゆゆが現実にいてくれたら。
そんな突拍子もないことを考えてしまう。
「ねぇ、弘樹…幸せだね?」
「そうだな…ゆゆが、現実にいてくれたらもっと…幸せなのに。」
考えていたタイミングで聞かれたから、思わず思考が言葉になってでてしまった。
「私が…現実に?」
すると…ゆゆが、うつむきながら何かを考え込んでいた。
そんなことは無理に決まっているのに何を口走っているんだ…俺は。
「弘樹は…私が現実にいてくれたら幸せ…」
「ま、まぁな。」
「弘樹は…私ともっと近くにいたい…」
「…まぁ。」
照れくさくなって、そっぽをむきながら答えた俺は…その時のゆゆの瞳から光が消えかけていたことに気がつきもしなかった。
本当の意味でのー柊ゆゆー
彼女との生活の始まりを告げる言葉は…
「ゆゆがいれば…何も要らない?」
「そうだな…ゆゆがいない生活は考えられないかな。」
「えへへ、嬉しい…ウレシイナ。それじゃ、ずっと一緒にいよう。」
画面へ向けて、手を伸ばしてくるゆゆ…見たことのないモーションだった。
最近、アップデートでもあったのかもしれない。
そう考えると俺も手を伸ばしていた。
「願い事…弘樹とイッショニイラレマスヨウニ。」
なにか…なにかが背中を駆け抜けていく。
違和感。
とっさに後ろに下がろうとした体は言うことをきかず…いつかのように光が俺ごとのみこんでいく。
聞こえてくるのは…嬉しそうな…ゆゆの笑い声だけ…。