お姉ちゃんの言うことには
誰も話を聞いてくれない。
誰も信じてくれない。
両親さえも、弟がいなくなったことに私が疲れてしまったと考えている。
私は、おかしな世界を体験したというのに、それすら精神科に行ってお薬をもらったほうがよいと言い出す始末だ。私は、私がおかしくなっていないことを一番よくわかっている。
でも、当たり前なのかもしれない。
弟がゲームの世界につれていかれたなんて言ったって、みんな本気にしてくれるわけがない。
真剣に話を聞いてくれていると思っても、どうせ、今ゲームと現実で起こっている事件に興味があって面白おかしく話を広げてしまおうって考えているやつばかりだ。
私は、私がおかしくなっていないことを証明するだけのものをもっていない。
ーお姉ちゃんは、なんでも知ってるね!すごい、僕もお姉ちゃんみたいになりたい!ー
昔弟は、私の話す話をなんでも目を輝かせて聞いてくれた。そんな弟が可愛くて、私はいろいろなことを話して聞かせた。弟にとってお姉ちゃんの言うことが絶対だった時期があった。
今は、私の言うことなんて聞いてくれなくなったけど。
弟を感じなくなった部屋で誰にともなく一人呟く。
「ねぇ、弘樹今でもまだお姉ちゃんの言葉を信じてくれるなら、戻っておいでよ。みんなが弘樹を心配している。お姉ちゃんの言うことは『絶対』だったでしょ?」
あの子は、もう私の言葉なんて必要としていないのかもしれない。それでも、幼い頃の思い出までなくなってしまったとは考えたくない。ゲームの女の子と過ごした日々より、私の弟をしていた日々のほうが長いのは明確な事実なんだから。
「…女の子にうつつ抜かしているんだとしたら…お姉ちゃん、許さないから…。」
私の知らない女の子と弟がいる…私の知らない顔を弟が見せていると考えたら…胃のあたりがむかむかしてきた。ほのかさんならいい。あの子は良い子で弟を任せても問題ないと思った。
なのに今、弟は…私に名前すら名乗らないような女の子といる。そんな子がまともなはずがない。
弟は世間を知らないのだから、私が守ってあげなくちゃならないのに、こんなことになるなんて自分が許せない。
奪った女が許せない。
…弟を返せ。
……弟を返せ。
………弟を返せ!!!
「純粋だから…きっと騙されてしまったんだ。弟は誰よりも純粋に育ってきたから、外の世界なんていらなかったんだ…私が無理に弟に外の世界を知ってもらおうなんてしたのがいけなかったんだ。お姉ちゃんが昔みたいに教えてあげていればなんにも危ない目にあうことなんてなかったのに…ごめんね。」
…少し、疲れていると言われたら否定はできない。好機の目にさらされて、いろんな人からいろんなことを言われて、必死に探し回って…よく眠れていないのが悪かったのかな。
少しだけ、横になろうかな…。
うん、少しだけ、休もう…。
ーお姉ちゃん、どうしてお部屋から出たらいけないの?-
えっ?弘樹、私の服の袖を引っ張るのは小さくなってしまった弘樹。弘樹、とっても可愛い。
どうしてこんなに幼くなってしまったの?でも、帰ってきてくれたのね。
…ううん、違う、弘樹はこの頃から変わっていない。
ー弘樹は、とても良い子だからお外の悪い人たちが、連れて行ってしまおうとしているの。お外に出られないのはさみしいかもしれないけど、お部屋にいればいつでもお姉ちゃんが好きなことして遊んであげられるし、お父さんとお母さんとも一緒だから安心でしょ?ー
弘樹は少しだけ考えたような表情をする。一挙手一投足が可愛くて仕方がない。
ーお友達とは…遊んじゃいけないの?-
ーお友達…そうね、お友達と遊びたいよね?それならお部屋に来てもらって、お姉ちゃんも混ざってみんなで遊びましょう。-
私がついていれば、弘樹が危ない目にあうことはない。
ずっとずっと見ていてあげればいいんだ。いなくなってしまうことのないように。
世界に退屈してしまうことのないように。
ーうん、そしたら、僕ね、お友達、呼んでもいい?-
ーいいわよ、誰かな?お姉ちゃんの知っている子?ー
ーううん、この間友達になった子なんだ!とっても怒ると怖い子なんだけど…ナイショだけどね、僕のことを好きって言ってくれるんだ。-
少し恥ずかしそうに、そう告げる弟に、私は声が出なくなってしまった。
弟は良い子だし、可愛い、女の子に好かれるのもよくわかる。
でも、でもでもでもでもでもでもでもでもでもでもでもでもでもでもでもでも…
姉である私に何の挨拶もなしに弟に近づくなんて許されない。
そんな礼儀知らずの子と、弟をお友達に…ましてやそれ以上近づこうなんて許さない。
ー…その子お名前はなんていうの?-
ー柊 ゆゆちゃんって言うんだー
「柊ゆゆ!!」
自分の叫び声で、飛び起きた。
…少し休むつもりが、どうやら眠ってしまっていたみたいだ。
全身を包んでいる寒気に肌をさする…エアコンをつけていたわけでもないのに…。
夢でも、弟を見るくらい…弟だけの生活になっているみたい。
いや、それ以上に気になる単語があったはずだ…。
「ひいらぎゆゆ…。」
私は、一音、一音確かめるようにその単語を口にする。
今までは、漠然とした予感的なものでしかなかったけれど、今は確かに私の本能が悟ったのだ。
弟を奪った犯人は「柊ゆゆ」だと。




